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『言葉はいつも、全てに足りない World is Not Enough』

「なんかこう……はぁ」

「どうしたんですか、ため息なんかついて」

「いーや、なんでもないんだがね……しかし、あーうん──言葉はいつも心に足りない」

「は……?」

「相手に己の意図を伝える事の難しささ。……あるいは期待する事の愚かしさか?」

「愚かしいですか? 相手に期待する事が?」

「愚かさ。期待になど、そうそう応えられるもんじゃないんだ。ましてや、結局のところ、己の意図を察してくれるなどという淡い期待は、現実の前に脆くも消え去る。悪いのは期待に応えない他人ではなく、無理な期待を思い描いた自分の方だ。──ほら、なんて愚かしい」

「ま、貴方の場合は、往々にしてただの言葉不足なんだと思いますけれどね」

「言葉の過多は、結局のところ個人差さ。どれほど尽くそうとも、己の意図がそれで伝わると考える事が間違いなんだ。俺は確かに言葉を不足させる嫌いはあるが、それはそれは俺が他者に求めるある意味でのギリギリのラインなんだ」

「ギリギリのラインって……ドリフト競技じゃないんですから、多少オーバーな方が何事もいいんじゃないですかねぇ」

「どちらにせよ、期待するなんて馬鹿馬鹿しい事だ。それだけは云える」

「そう云うもんですかネェ……なんていうか、普通に伝えようとすれば、きちんと意図は伝わるもんだと思いますが──違うんですか?」

「それが難しいところなんだろうけれどね……実際のところ、己の意図をそのまま言葉にしてしまう事は簡単だ。でも、そんな事をするつもりは無いんだ。それはあまりにも強みが無いし、面白みが無いし、意味が無い」

「──はぁ?」

「ドラマでもゲームでも映画でも、その内容を伝える事はそれなりに出来る。だが、その本当のところの面白さは、実際のところその言葉の中には無い。そういった面白さを伝えるために必要なのは、言葉を重ねる事じゃなくて、経験してもらう以外には無いんだ」

「それはまぁ、了解するんですけれど。……それとコレと何の関係が?」

「俺が目指しているのは、結局そんなところなんだと思うよ。言葉が足りないのは意図的だ。それは中核ではあるが本質ではない。自分の言葉が何を意味しているのか考えてもらう事がある意味で全てだ。俺が何を考えて言葉を発したのか、それが一番重要だ。考えて欲しいのは表面ではなくその深部なのさ。」

「わかったよーなわからんよーな……貴方の言葉がそれほど深いとは思えませんけれどね。それに、そーゆー深読みって面倒ですよ。常識的に考えて、そんなもんは受けません」

「ですよねぇ。……さて、俺だって別に言葉に言うほど心をこめている訳じゃない。はっきりいって、適当も良いところさ。でも、時たま云った言葉の意図がやはり伝わらないのならば、落胆するには足りるのさ。あぁ、意図は伝わらない、心に足りない」

「なんだかまぁ、結局、あなたの愚痴につき合わされただけですか」

「そいつは悪かったね。しかしまぁ、なんというか今はそんな気分なのさ。なんというか、そう……腹が立って腹が立ってしょうがないのさ。自分自身に。期待に、裏切りに、伝わらない意図に」

「それはお前が未熟だからだろ」

「なんてごもっともな話さ。ほんと、なんとも使えない脳みそだ。お前はたぶん、永遠にそうなんだろう。──なにもかも未熟で、中途半端で、その所為で最後まで使えない人間なんだ。お前は既に、打ち砕かれているんだろうよ。本当にギリギリなんだ。もう、たぶん、後がないんだ」

「…………なんの話です?」

「なに、しがない話さ」

「まぁ、生きてれば良いことありますって」


「無い人間だって、居るって事さ」


「暗くなる様なこと云わないで下さい」


「ま、事実だがね」


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雑記断片 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『シュレディンガーの自己 Schrodinger's Egg』

「さて、ついでだからシュレディンガーの猫の思考実験について簡単にまとめておくか」

「ってあれ、もうあまり意味のある話じゃないような気もするのですが……というかそもそもマクロとかミクロとか、よくわからないんですよ……」

「詳しくは前回更新分の『量子力学についてまとめ』を参照してくれ。簡単にいえば、量子力学においては粒子は様々な状態が「重なりあった状態」で存在し、観測機器によって粒子を観測する事でいずれかの状態に収縮すると考えるのだが、それが如何に奇妙な状態なのかをマクロな視点で解釈したものだ」

「イミフですね」

「つまり、Aの状態とBの状態が重ねあわせで存在していると解釈するのが量子力学で、Aの状態かBの状態、“どちらかに決定している”とは考えない事の奇妙さだ」

「はぁ……それがどうしてシュレディンガーの猫になるんですか?」

「単純に云えば、箱の中にそういった装置を入れ、その装置の作動を量子力学的に決定させる。そして、その決定によって中の猫の生き死にを決めることで、結果的に猫の生死が量子力学的な状態になるという事だ量子力学的状態、つまり重ね合わせになるという訳さ」

「はぁ……猫の生き死にが重ね合わせ、ですか」

「そう。コペンハーゲン解釈を適用するならば、猫は死んでいるわけでも生きているわけでもなく、その間の状態で揺らいでいるんだ。……しかしコレは実に奇妙な話だ。古典力学的解釈、その認識に慣れた人間からすると、その確立的なゆらぎの状態というものを全く理解できない」

「まぁそうですよねぇ。普通なら、在るか無いか、必ずどちらかに決定しているものですから……“決まっていないという状態”という状態が異常に感じられます」

「そうだな。そしておれ自身も、その確定していない状態という解釈には違和感を感じる。現実問題、本当のところを人間が知ることはまだ出来ないにしても、その解釈には納得がいかない」

「ま、あなたの認識には興味が無いんですけどね。シュレディンガーの猫がどうなのか私は知りたいだけで」

「さて、じゃあ考えてみよう。シュレディンガーの猫。この猫は一体中でどのような状態になっているのだろうか。この猫は一時間後、箱の中で死んでいるのか生きているのか。はたまた重ね合わせで存在しているのかどうか……どうだと思う?」

「え…………これってなんかどう考えても負けのような気が──」

「普通に考えれば良いじゃないか。猫はどうなっているのかなーっと……」

「じゃあ、あの多世界解釈って奴で一つ──」

「あれはあれで面白いとは思うが、あまりにも突拍子が無いというか、やり過ぎというかSF、というか……そもそもそれは調べようが無いという意味で、全く考える意味の無い解釈だろ? そもそもあれって微妙なんだよな……例えば、同時に『二つの世界に分裂』する事象が起きたとき、その世界はその瞬間、幾つに分裂するんだろうな」

「は? 4つじゃないんですか?」

「さぁ、物理的にそれが同時に起きる事はありえるのかな。もしかしたら一瞬だけでもずれていて、世界は8つに分裂するのかも知れないぜ」

「……でも結果から見れば4つの世界ですよね?」

「現象そのものが前後入れ替わっているならば、それはもはや因果律的に別々の世界だろ……ま、あまり考えても仕方の無い問題だ。無限に増え続ける世界か、それとも分裂しては結合を繰り返す世界なのか。どちらにせよ我々には観測できない向こう側の世界の話さ」

「考えるだけ無駄ですか」

「その通り……さて。問題に戻ろう。箱を空けるまでの間、猫がどうなっていたのかを我々が知る手段はないと思うか? 猫が生きているのか、死んでいるのか、はたまた重ね合わせで存在していたのか……答えは簡単。猫の代わりに人間を装置の中に突っ込めば良いのさ」

「……え。人間を猫の代わりに突っ込むんですか? 運が悪かったら死んじゃいますよ?」

「思考実験に死ぬも何も無いがね。それはそうと此処に一つの実験が誕生した。シュレディンガーの人間だ。実験概要はシュレディンガーの猫と同じ。人間になっただけ。さぁ、実験開始だ。一時間後、人間はどうなっていると思う?」

「生きているか死んでいるかのどちらかです」

「正解。さぁて、じゃあ生きて生還した彼に一つの質問をしてみよう。『あなたは生と死の重ね合わせの状態を体験できましたか?』」

「……えーっと、出来てるわけが無いと思うのですが──」

「そうだ、それが恐らく正解なのだろう。箱の中に居た彼は猫のように生と死の重ね合わせを体験する事は無い。そんな状態は存在しないんだ。勿論、もともと猫にもそんな状態は存在しない。箱の中の彼らは、常に、生きているか死んでいるかのどちらかだ」

「じゃあ、量子が重ね合わさった状態で存在するという解釈は間違いなんですか?」

「恐らく、俺自身は間違いなくと考えるが、間違いだ。重ね合わせという事はなく、常にいずれかの状態に決定しているはずだ。ミクロな世界の解釈に当てはまるとはないだろうとはいえ……マクロな世界で我々が重なり合って存在するという奇妙な事象は存在し無いだろう」

「多世界解釈みたいなもんですか?」

「そんな風に解釈する必要も無いだろう。量子の振る舞いを決定できないのは現行科学が発展途上だからだとおれは思う。……ま、とは言えもとから意味が解らない世界の話だ。俺如きが納得いかないといってもあまり意味は無いんだろう」

「でも、もしかしたら死んだ方の人間は生と死の重ね合わせを体験しているかもしれませんよね。死んだらその経験を聞くことができないんですから」

「そんな事は全く無いのだけれどな。それならば、毒ガスの代わりに電気ショックを流すように改良しよう。さて、実験終了後、彼に聞く。『あなたは電気ショックを受けた状態と受けなかった状態の重ね合わせを経験しましたか?』」

「意味が解りませんね」

「勿論、彼はどちらかの状態しか経験しえず、重ね合わせを体験する事は無い。多世界解釈的にはそれでもなんら問題は無いのだろうが、そんな事をしなくてもそもそもなんら問題は無い」

「あなたがどこで引っかかっているのかも私には理解できませんよ」

「おれ自身も、どう云ったものか考えあぐねているのさ。なんというか、掴みどころが無い話なんだなぁ。なんとももどかしい限りさ。……ま、そもそも“重ね合わせの状態”という解釈そのものが全くただの妥協なんだよ。そうしておきましょう程度の話なんだ。そうしておいてもとりあえずなんら現実的には問題は無いし不都合は無い。だから、うん、つまりそういうことなんだ」

「わっかんね」

「さて、そもそも重ね合わせが収縮するのはいつだろうか。観測した瞬間? それともその前? この実験で云えば箱を空ける瞬間? それとも中の猫が死んだ瞬間? それともそのずっと前?」

「……で、結局いつなんですか?」

「さぁ、それは俺には解らない。神のみぞ知るんじゃないか? つってもそれってただの確率の問題なんだけどな。……でもま、結果的にどこで収縮するのかはわかっている」

「はぁ……?」

「装置の中の実験機器が観測した瞬間には、少なくとも決定している。そうだろう? 箱を開けるまでもなく、もう既に箱の中は決定しているはずだ。猫の生死はもうそこで決している。箱を開けるまで中身がどうなっているのかを我々が知ることが出来ないのは、そういう前提だからしょうがない」

「はぁ……まぁつまりあれですね、あなたは最終的にも古典力学的な世界を信じているんですね」

「それはちょっと違うかもしれないけどな。神はサイコロを振るかもしれないが、少なくとも我々は重ね合わせの世界を見ることは永遠に無いだろうというだけの話だ」

「それはつまり、そんなものは存在しないから?」

「存在しないから」

「でも量子力学自体は正しいんですよね。電子のスーパーポジションとか、量子コンピュータとか、トンネル効果とか……」

「意外と色いろな単語がお前の口から出てきた事に驚いた。まぁその辺は正しいんだろう。電子が極薄い絶縁膜をポーンと飛び越える事もあるだろうさ。ミクロの世界は常識じゃ測れないからな。……ただ単に、猫が重ね合わせの状態を取ることはないと、俺はそう考えるだけさ」

「その根拠は……」

「だから云っただろ。箱をあけなければ観測した事にならないのか? 中に居る人間が何かを観測するまで収縮しないのか? 違うだろう? 『箱の中にある実験装置が“それ”を検出した瞬間が観測した瞬間なんだ』。観測ってのはなにも人間の目に映ることだけじゃないん。むしろそれこそ客観的な事実としてみる事ができる。量子力学に人間なんか不要なんだよ」

「あぁ、それは確かに……」

「重ね合わせの問題は確率の問題に過ぎず、確率を曖昧に扱うから重ね合わさるんだ。猫の生死が重なり合う事はなく、ただ確率で決まっているだけだ。重ね合わせなんてものは未完成の理論を無理やりこじつけているだけさ。少なくとも俺にはそうとしか思えないね。……というか、俺が云うまでもなくこんな問題にはある程度の蹴りがもうついているんだろうがね」

「でもやっぱりなんか意味が解らないんですよネェ……」


「重力や相対性理論や超弦理論や大統一理論とかM理論とか、まだまだ問題が山積しているの世界で、今ある解釈が正しいなんて考えられる方が俺には不思議でならないがね。もしパラドックスがあるとすれば、それは人間の理解が世界の真実に追いついていないだけの話なのさ」


「あぁ、頭が痛くなってきました……訳が解りません」


「それが量子力学。不確定性原理の為せる業さ」


「なんというか、よく解らない話ですネ」


「それは人間の不完全性定理、それ故だ」


「ますます、イミフですヨ」



……

もっと詳しく他の説を知りたい人はこういうところを見ると幸せになれるかも
→シュレーディンガーの猫の核心


雑記断片 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『量子力学についてまとめ』

量子論について簡単に概要まとめ

情報補完 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『ヤ オ イ』

「量子力学についてまとめておきたい今日この頃、いかがお過ごしですか」

「さすがに三日も更新をサボるとはいただけないですね。いくらなんでもこれはもう駄目になったと考えても宜しいですね」

「駄目なのは元からだけどな。それはそうと微妙に緊張感が抜けたのが原因だと思うんだ。一体何が原因で抜けたのかというとコレがまぁ──わざわざ言うほどの事でも無いな」

「じゃあ緊張感を取り戻さない事には貴方の人生もう終わりかもしれんね」

「pgr」

「どうでもいいけど最近、あなた怖いものとか話とか不思議な話に興味がおありのようで」

「そうなんだ。これが結構面白くてね。まぁ昔からホラーとか好きだったし前もなにか見つければちょくちょく読んではいたのだけれどね。……まぁ、ホラーが大丈夫になったのは小学校卒業してからで、それまではてんで駄目だったんだけれど」

「いきなりホラー大丈夫になったりしますからねー……あれってなんなんでしょ?」

「さぁ、なにか心境の変化でもあったのだろう。舞台裏を知ってしまったとかね。餓鬼の頃はエイリアンとかまじ直視できなかったけれど、いつの間にか楽しみながら見れるようになっていたからな。あれは確かに不思議といえば不思議だ」

「趣味嗜好がいきなり変わるほうがホラーですけれどね」

「別にホラーが大丈夫になるぐらいは普通だろ」

「大嫌いから大好きになるのが凄いってことですよ」

「ま、時と場合によっちゃ確かにホラーだな。でもま、一夜にして変わったわけでもあるまいし。そんなもんだろう。第一、本当に怖いホラー映画なんてものはそうそうないんだ。大半は子供だましかただのグロ画像。エイリアンVSプレデターはもう少しガンバレと言いたい」

「1は大して面白くなかった上に、2に至っては悪趣味なグロでしかありませんでしたからね」

「製作者はもっと面白いホラーを作るように努力した方が良い。そうだな。少なくとも毎回爆発オチだけはしてくれるな。萎えるから」

「爆発落ちが許されるのはバイオハザード(ゲーム)だけだ」

「それはそうと最近まだ寒いのが気に喰わない」

「春眠暁を覚えずって奴ですね」

「ブログのリンクに音楽系のサイトとか張ってもいいのかなー。別に良いよね。なんも悪い事して無いし」

「こんなサイトから飛ばされても困るだけだと思いますけれどね」

「というかもうちょっと真面目に生きないと結局のところ、ブログだって充実する事は無いんだなぁって話? なんじゃないかなぁ」

「解ってるならそうしろよ禿」

「寒くて死にそうだ」

「永眠しる」

雑記断片 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『超常現象スーパーナチュラル Paranormal Phenomenon』

「超常体験をおれ自身は得た事が無い。コレって物凄く勿体無い事だと思うんだがどう思う?」

「そうですか? 僥倖だと思うんですけど」

「確かにある意味、超常識的な経験を得た事がないという事は、それはそれで幸いな事なのだろう。幽霊見たり宇宙人と交信したり彼の世逝ったり神を得たり──そういった様々な経験は少なからず精神に影響を与える。その影響が大きくなればなるほど、“それは望ましい事じゃない”と俺も思う」

「望ましい事じゃない……というと?」

「精神の形成に一番重要なのは、それを望んで自分自身が得るという事だ。少なくともおれはそう思っている。自分の精神を形作っている何もかもが、自分自身が得て、経験してきた事象から、更に取捨選択した極一部の本当に重要だと思う“経験”から手に入れたものであって欲しい、というのが、俺の考えだ」

「いまいち解りにくいですね。つまりなんですか?」

「要するに、それは自分が望んだカタチで自分の精神を形成しろ、という事だ。本を読んでそれから影響を受けるもよし、病気になってしまってもそこから何かを得られれば幸いだ。あらゆる経験から何かの示唆を得て、自己に還元できるならば、それが一番理想的なカタチなんだ」

「はぁ……で、それが超常現象とどういう関係を?」

「実際のところ必要なのは、そう多い条件じゃない。つまり、“取捨選択できるかどうか”“いらないと云えるかどうか”“選択肢の多さ”だ」

「選択肢の多さ? それが精神形成に重要だと?」

「というか、あらゆる意味での重要性でもある。何を為すにも、その選択肢が在ると無いとではその意味には雲泥の違うがある。つまり、『本を読んだけれども、自分はそれから何も獲ることが無いと判断した』と云える状況だ」

「はぁ、つまり何でもかんでも“影響を受けない事”も必要だと──」

「その通り。選択肢の無い精神形成は、ある意味で人生の剥奪だと俺は思う。本当は無限の可能性がありながら、それを制限してしまうようなやり方が、アンフェアだと俺は感じるんだ」

「それってつまり、子供への宗教の強制とかそんな話ですか?」

「そういう話さ。自分が望んだカタチで精神を形成できないような状況は、出来る限り避けられるべきだ。当人以外にその人生の選択肢を強制する権利は無いんだよ。いいか? そんなものは誰にも無いんだ。勿論、家庭環境とか色いろな制限が既に環境には用意されているとしてもさ。環境による制限と、“強制的な”制限では、まるで意味も違うし問題のでかさも違う」

「ま、あなたはそういう意味で、精神を一番重要視している節がありますからね」

「精神以外の、何が一番重要だと云うんだい? 人間なんて結局のところ、精神以外の部分で比べる事になんの意味も無いじゃないか。必要なのはそいつの精神がどれだけ強いのかであり、それによってどう生きているかに他ならない。それ以外は瑣末な問題だ。そうだろう?」

「ま、そうかも知れませんけれどね……」

「かも知れないも何も──その通りなのさ。何もかもがね」

「それで、それがどう超常現象に関わってくるんですか?」

「超常体験のすべてがそうであるとは言わない。しかし、ある意味で強烈なソレは間違いなく精神形成に大きな影響を与える。それこそ“回避不能な影響を”だ。……わかるか? 回避不能な影響。そんなものがあって良いとは俺は思わない。すべての人間は、自分の意志でのみ自身の精神を構築するべきなんだ。そうでなければならない。だのに、その強烈さといったら! 回避できない影響など俺は怖くて手の足も出せないね」

「なるほど。あなたが云いたいことは大体わかりましたよ。要するに、強制的に自分の精神が変わってしまう事に恐怖しているんですね」

「それを恐れない人間がこの世に居てか? お前はいきなり自分が『神を信じますかー!?』とか叫びだしたらどう思うよ。そんなものは既に今目の前にいるお前じゃないだろう? 精神の変調は、つまり自己を喪失するという事に他ならない」

「そこまで激烈な変化がそうそうあるとは思えませんが」

「おれもそう思うけれどね。しかし万が一という事もある。自分がいきなり神様を信じ始めたらと思うと、怖くて恐ろしくて夜も眠れなくなる。あぁ、この精神がいつ変調をきたすのか。いつになっても気が気じゃないね」

「嘘を付かないでください」

「嘘も真実も、暗示一つで自己の中ではどうとでもなるんだ。あまり意味の無いことを考えてもしょうがないがな」

「……それで、なんでいきなり超常体験をしてみたいみたいな事を言い出したんで?」

「いやなに、生きてる人間として必然的な要求をしたまでさ。特殊な経験を望まない人間もまた居ないだろう。俺は俺が俺であるうちに、恐ろしくも楽しい経験をしてみたいのさ。神隠しとか、その辺のちょっとした不思議体験という奴を、さ」

「二律背反ですねー」

「別に矛盾しちゃいないさ。ただの本音だよ。不思議体験の一つや二つを持っていた方が、より人生に深みが出るというものだろう? 特殊な経験の有無は、その深みにまた一層の彩を加えるだろうさ。あぁ、羨ましいね。神隠しにあったり、狐に化かされたり、妖怪と遊んだり──それはとてもとても“楽しそう”じゃないか」

「不謹慎であるとも思いますけれどね」

「そうされる事で死んでしまった人達等に対してかい? それはまぁ、不幸にしてあっち側から戻ってこられなくなってしまった人たちも居るだろうけれどさ……運が無かった人間に遠慮して云うような話でもないと思うけれどね」

「まぁ、肝試しにいく人間すべてが罪深いという訳でもありませんが……それでもあまり奨励されるような事じゃないでしょうね」

「だから俺は別に他人にそういうことを勧めているわけじゃないさ。あくまでも俺が“体験してみたかった”と云っているに過ぎない。自己責任のうちでちょっと考えているだけさ。これなら、そう罪深くも無いだろう?」

「どちらにせよ、正しい訳ではないですけれどね。ま、自己責任ならどうぞ。神様にでも隠されてくださいな。どうなっても知りませんよ」

「どうにもならないから少し羨んでいるんだけれどね。超常と日常の境目ってのは意外と薄皮一枚なんだろうと思うけれど、残念ながら自分にはその壁が大きく立ちはだかっているようだ。ありがたいことでもあるのだろうが、同時に残念でもある。それはそれは──とても残酷な話なのさ」

「残念でしたね。霊感とかなにもなくて」


「残酷だな。この世に不思議な事が沢山あっても、それを目に出来ないという事はさ」


「それはそれは幸福な事でしたね」


「とてもとても不幸な話さ」

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『メモってる』

・本当は前回入ってきた米に対する反応でも書こうかと思っていたのだけれど。
あまりにもあんまり意味の無い事になりそうなので微妙にヤル気が出ない。
コメをもらえるのは非常にありがたいのだが、
それが見当はずれなものだとどう反応すれば良いのか解らない。
そんな事を公言してしまうのもブログとしてどうなのかとも思うし。

・しかしこのブログは100%のネタで構成されているので、
なんでもかんでもネタにしてしまうつもりはあるのだけれど。
ある意味でなんか水を差されたような感じがして面白くない。

・生と死が等価であるという思考実験についてはもうなんか馬鹿馬鹿しくなってきた。
非常に面白い話だとは思うのだが、なんかもうどうでもよくなってきたのである。
どうせ書いたところでなんも面白い反応は期待できないのだし……

・なんかもうため息しかでネェ

・最近とに本の衝動買いが多い。
あんまり買いすぎても消化できないのが目に見えているのでなんとも。
というかそろそろ本を置く場所がなくなってきた。
生活スペースがもう殆ど残っていない。
足の踏み場が(ry

・でもそんなの関係ネェ

・というかもうそろそろネタが腐り始めている。
いい加減に本気を出せ(死亡フラグ

・最近特にネタも思いついていない。
ネタを消化しないとその分記憶スペースが取れないのでたぶんその所為。
メモリー少なすぎだろ自分

・もう三月が終りますね。

・すごいですね。

・もうどうにでもなーれ(ry

健忘備録 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『逆説的自己嫌悪 Paradoxical Suggestion』

「自己嫌悪という感情は、ある意味で、逆説的な意味での、自己愛なのだそうだ」

「……はぁ──それはどういう意味で?」

「さぁ、どういう意味なんだろうね。……考えてみろよ、たまには自分の頭でさ」

「珍しく投げやりですね。なんかいい事でもあったんですか?」

「いい事があると人生投げやりになるのかい? だとしたら良いことなんか無いほうがいいな。人生は悲しみと苦しみで出来ていて、きっと救われるまで報われない。死ってのは最大の救いなのかな」

「死んで救われるなんて、生きている意味が無いですね」

「なるほど、それもそうだ。だが、もしこの世界が苦しみで満ちているならば、産まれなければならなかった事そのものが産まれた人間に対する罰なんだなぁ。お前が生まれてきたのは、お前が罪深いからだ。さぁ、生きて贖い、死んで報われよ。お前の生と死は神への献身のためだけに存在する」

「無駄な事云ってないで教えてくださいよ、自己嫌悪の意味を」

「自己嫌悪が自己愛の裏返しであるというのは、いまいち理解しがたい話だ。そうだろう? それは不幸のヒロイン願望とも違う。不幸である事に逆の意味で酔いしれるヒロイン願望は、あくまでも自己ではなく周りの環境を劣悪なものとして、自己を正当化することだ」

「自己嫌悪は違うんですか?」

「自己嫌悪は、環境ではなく、自己そのものを劣悪なものと考える。悪いのは周囲であり、自分は純粋で美しい存在なのだと暗示する事で心酔する感情が『不幸のヒロイン』願望なのだとするならば──自己嫌悪はその真逆の感情と考えることが出来るだろう」

「つまり、周りが純粋で美しく……自分は醜い存在だと考える事、ですか?」

「その通り。自己を徹底的に醜いものだと考える事……相対的に、その周囲は綺麗なものだと考える事。しかし、そう考えると一つ筋が通らないことがある」

「自己嫌悪が自己愛の変形である、って所ですね」

「そうだ。薄幸のヒロイン願望は、周囲を否定する事で逆に自己を肯定する。自分を正当化することが自己愛であるというのならば、それはまさしくナルシスの延長線だ。……だが、自己嫌悪には自己を正当化するシステムは存在しない──寧ろ自分自身を徹底的に否定するシステムだ」

「じゃあ、自己嫌悪はやっぱり自己愛とは逆の感情なのでは?」

「ところが、そうではないという人が居るんだな──。さて、あんたはどう思う? 自己嫌悪は自己愛か否か……簡単な問題だぜ?」

「じゃあ自己嫌悪は自己愛ってことで一つ」

「まるで考えて無いような返答をするな、面白く無いぞ」

「でも自己嫌悪って自己の否定なんですよね……それがどうして自己愛になるんですか?」

「それを考えろって云ってるんじゃないかだらず。脳みそ使わないならお前はなんで人間なんかしているんだ、蟻にでもなってしまえ」

「今酷い傷つきました。賠償を要求します」

「人間が蟻んこに賠償する義務はありません。残念でした。……さて、話を戻そう。自己嫌悪が自己愛であることの証明だ。──でもこれ実はあまり考える必要も無いんだよな……」

「そうなんですか?」

「自分で言うのもなんだが、拍子抜けだ。なーんだって感じで面白くも無い。俺がわざわざもったいぶって云う必要が無いぐらいに大したことが無い」

「まぁあなたが話す話の大半が大したことはありませんけれどね」

「帰って寝るかな……」

「ちょ、ま……ふて腐れんなこの程度で」

「あーあー、全く面白く無いなぁ。なんで俺はこんな意味の無いことをしているんだろう。あぁ死にたい死にたい死んでしまいたい。俺なんか生きてても仕方が無い生命体なんだ。なんの意味も無いに違いない。俺の言葉のどこに意味があるんだ。俺の存在のどこになんの価値があるんだ。あぁ全く冗談じゃない。客観的にみて生きてる意義が無いなら死んでいたってなんの違いも無いのに……」

「なんという自己嫌悪……で、そういった思考がどうして自己愛になるのですか?」

「簡単に云ってしまうならばそれは──『孤高のヒーロー願望』」

「孤高の……ヒーロー、ですか?」

「ヒロインの反対さ。不幸のヒロインが自己愛であるならば、孤高のヒーローも自己愛だ。当然だろう? 自己嫌悪はヒーロー願望と近いものがある」

「自己嫌悪とヒーローってあまり結びつかないんですが……」

「考えてみよう。自己を否定するというのは、相対的な周囲の肯定だ。だが、そこに在るのは往々にして弱者の怨嗟、“ルサンチマン”に他ならない」

「ルサンチマン──」

「自分の考えは間違っていない。だけれどもそれが周囲に受け入れられることは無い。そして社会も悪くは無い。“社会に馴染めない”自分が悪いのだ。自分が悪いんだ。それは解る。社会は正しい。自分が悪い。そしてそんな自分が嫌いだ。嫌いなんだ。自分らしくありたいけれど、そうある事は罪なんだ。……ならば、悪いのは誰だ。俺か、社会か。自分は孤独だ。それ故に“孤高”だ。────さぁ、自己嫌悪に酔いしれよう。それは痛みを伴う極上の美酒だ」

「うわぁ……痛い。いろんな意味で」

「自己嫌悪は周囲を肯定しつつも、そこに在るのは諦観か、あるいは怒りの感情だ。“自分は駄目な人間だ”と考える自己嫌悪の大本は、実際のところ自己正当化が逆転した結果に過ぎない」

「自己正当化の逆転とな?」

「可愛さあまって憎さ百倍……ま、云ってしまえばそんな所だ。自分の事がどうしても好きだからこそ、色いろな意味で報われない自分を“口先だけで”否定しているに過ぎない。悪いのは自分だといいつつ、本当のところは世界に対して憤っているんだ」

「自己嫌悪が口先だけの否定だというんですか? ──あまりそうは思えないんですけど。むしろ彼らは、“本気で”自分を否定しているように思うんですが」

「それが自己愛のなせる業、なんだろ? 自分の事をどういう感情で正当化しているのか、それを“知っていては”ならないんだ。自分を愛するって云う事はね、それぐらいの暗示が必要なんだよ。『自分で理解していないからこそ、それは本当の感情になる』んだ」

「……よく解りませんが──」

「感情ってのは感情なのさ。それは理論じゃないんだ。感動も感傷も感情も、すべて理屈があって成立するもんじゃないんだよ。……いや、違うな。“理屈があってはいけないんだ”。それは心の中で存在しないことになる。理屈を知った瞬間、人間は感情を素直に受け止めることが出来なくなる」

「あぁ、それはなんとなく解るかもしれません……」

「愛に理屈が無いように、“愛に理屈を付けちゃいけない”んだよ。理屈のある愛は、感情の否定であり、感情的であることの意味を消し去る。自分を暗示にかけることで大半の人間は自分の感情を正当化している。まるでまるで、催眠に掛かったようなこの社会でさ!」

「自己嫌悪が自己暗示による自己愛の裏返しなら……、なんでそれで死ぬ人が出てくるんですか──?」

「愛ゆえに死を選ぶのとなんら違いは無いだろ。人間の感情は自己保存を優先するシステムじゃない。自己を正当化するだけのシステムだ。だから、死にたがりは死ぬための理由を自分の中で正当化して、それ故に死に至る。感情を手に入れた人間は、その激情の所為で高みにも上れば死にも至る。ただそれだけの話なのさ」

「…………愛ゆえに、ですか──」

「愛ゆえに、自己をすり減らし犠牲にする姿は美しいだろ?」


「でもそれも、自己愛の一種ですか?」


「みんな自分が大好きだ。感情なんて、そんなもんだ」


「それは、とても悲しい考えですよ」


「それが、とても論理的な考えなんだよ」


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『空に還る魂 On The Air』

この金土日あたり。久方ぶりの小旅行に行って参りました。

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まぁそういう訳で更新など出来なかったわけなのであるが。

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自分が取る写真には人が写らない。

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気がつけば空ばかり撮っている。

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目に付けば空ばかり切り取っている。

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ときたまに面白いものが見つかればソレを撮っているけれど。

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カメラを持ち歩く事で旅行の意義が変わり、

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カメラを持つことで意識が変わる。

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何を成そうではなく、何を撮ろうにすげ変わる。

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結果、私の意識は空にばかり向かう。

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誰と旅行に行ったのかさえ、蒙昧だ。

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すべての意味は空に溶けて、胡散霧消。

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そこに在るのは純粋な自然と美しさだけで。

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何も考えずにすむそういう世界が心地いい。

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二度と同じ姿を見せない空が好きだ。


立ち上る煙すら美しい。


捻じ曲がった樹木の神々しさも。


空気に煙る山々すら。


そこには、まったく心がなくて


真っ白で、とても自然体だ


そして、それに魅入られる私は──


──歪んでいびつで、何処までもグロイのだ。

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『複雑系について』

複雑系について概論

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『以心伝心伝達限界 Cognitive Bias』

「やっぱりというかなんというか、情報の伝達とか感情の伝達とか、色いろと思い通りには行かないものだ。以心伝心なぞ望んでもいないが、たぶんそれでも“そうあって欲しい”という願望を自分は持ってるんだろう。『以心伝心』は、ある意味で最高度の“欲望”だ」

「欲望ッスか?」

「あぁ、“理解して欲しい”と想うのは自然な願望で願いなんだ。誰だって『自分が云いたい事が伝わらない事』を望みはしない。ならば、つまりそれはそういう事だろう?」

「まぁそういう事にはなるんでしょうね……。で、それがなにか?」

「うん、実はこの前やっと初めて書いてる内容に対応するコメントが入ったんだ」

「おぉ、二ヶ月以上経ってやっとですか。まぁそんなもんかもしれませんけどね。とりあえず云っておきますね。オメデトウございます」

「ありがとう。じゃなかった、云うべきはコメントを残してくれた人に対してだよ。とりあえずありがとう」

「『とりあえずありがとう』って物凄く酷い言い回しですね」

「うん、でもそうなんだなぁ……なんというか、やっぱり云いたい事なんか以心伝心の如く伝わることなんかありはしねぇんだなぁってのを感じちゃってねぇ。まぁそれはやっぱり一種あれじゃあ当たり前のことなんだけれども、それでもなんか……なんだかなぁって感じがしちゃってさ」

「ま、あなたが云いたい事を一瞬で理解できるような人がいたら、それはそれでたぶん物凄い脅威なんですけどね……自覚あるんでしょう? あれで理解できる人間なんか一人も居やしないんだってことぐらい。理解してくれるなんて幻想を見てるだけで、理解できるような状況をあなたは用意していないんだってことぐらい」

「嗚呼、全くその通りさ。口惜しいぐらいにそれは事実だ。理解できるはずが無い。“それでも”俺はあれで理解して欲しい。そういう人が居て欲しい。1~10まで事細かに説明して、漸く理解させることが出来るなんていうのは、“面白くない”。それは、ある意味で“センス”の否定だからだ」

「センス?の否定?」

「例えばの話、芸術ってのはある意味で物凄い“独りよがり”なんだ。自分のセンスだけで作品を完結させるっていう事は、その意味で他者に完璧な理解を与えることを拒否している。解るわけが無い、解ったら天才だ──そういうレベルで、芸術は理解を拒む。他者に迎合したものは芸術ではなく娯楽だからだ」

「はぁ、まぁ云いたいことは解るんですが……それと今回の話の何が繋がるんです?」

「自分のセンスを信じるってことはそういう事でつまり、芸術の第一歩なんだが、理解されない事を前提としながら、ある一方で“誰かが完全に理解してくれる事”を望んでもいるんだ」

「誰かが、ですか?」

「全員に理解してもらえるとは思わないし、して欲しいとも思わないにしても──、それでも誰か、たった一人でも若しかしたらいいのかも知れない……兎に角、完全な理解を拒絶しながらも、どこかでそれをぶち壊して理解して欲しいと思っている心もそこには在るんだ。なんというか、“ジレンマ”なんだな」

「芸術っていうのは、理解を拒否しながらもどこかで理解を求める、と?そういう事ですか?」

「まぁそういう事さ。……なんていうのかなぁ。例えばなんだけど、芸術品を前に作者が1~10までその作品について解説するっていう姿がもしあるとすれば、それは滑稽だよ。そうだろう? それは娯楽にも芸術にもなれない中途半端な代物さ。理解を拒絶するものだからこそ、俺はそれを自分の中で消化しようと思える。自分のセンスを信じるなら無駄な事は出来るだけ云わない方がそれらしい。
映画のオーディオコメンタリーっていうのは……その意味で俺はあまり好きじゃないんだ。まぁ映画の基本スタンスは娯楽である以上、それも悪いことじゃないんだけどさ」

「……つまり、あなたがあまり説明を事細かにしないのは、自分のセンスを信じているから?」

「うーんだろうか、そう云うわけでも無いんだけど、たぶん似たような事なんだ。あまり細かく説明したり解説するのは、スマートじゃない。そう思ってるんだな。そしてそういう状況でもし“俺の云いたい事を理解してくれる人”が居たならば、それはたぶん、俺にとって物凄い幸福な事には違いないんだ」

「なるほど。つまり、『以心伝心を体感』したいと」

「あぁ、もしかしたらそう云う事なのかもな。事細かに説明して、それで大体伝わるのは当たり前なんだ。だからこそ説明を省き、その上で理解してくれれば──それはきっと素晴らしい経験になる。…………ま、そんな上手い事行く筈も無いのだけれどね」

「そりゃ当たり前です。以心伝心なんかできたらそれこそエスパーですよ」

「まぁな。それにたぶん、俺が無駄な説明や解説を一切云わないで話を完結させるのも、それが結局のところ“余計だ”と思っているからに過ぎないんだ」

「余計ですか……ま、確かにあなたは色いろなところで変な“コダワリ”を見せますからね。このブログの形式にしてもそう。そもそもエントリーのタイトルが最後の方にちょこんと書いてあるだけっていう事からしてリーダビリティーとか完全無視ですよね。常識的に考えれば一番最初の冒頭部分に書くのが妥当でしょうに」

「あぁ全く反論も出来ない。ここはそういう意味で物凄い読者に対して不親切なんだ。必要な情報の伝達をその場で完結させない。これで1~10まで理解しろって方がそもそも無理なんだ。嗚呼、それでも理解して欲しい。頼むから理解してくれよまったく」

「無茶振りですね」

「全くその通りで。でもそれでも、俺は無駄な説明とかそういうのを付け加えるのは余計だと思うんだなぁ。ピカソの絵の下に細かい注釈をピカソ自身がつけていたらそれはそれはつまらない事だ。余計なことするな、っておれは思う。そのぐらいの意味で、俺は自分の言葉に注釈なんかつけるつもりは無い」

「自分言葉は芸術ですか、思い上がりもはなはだしいですね」

「ごもっともで。でも全くそう思わないで創作活動をするのもまた無理だろ。俺がやっているのは日記をつけることではなく、“フィクションを書くこと”なのだから」

「フィクションなんですか?」

「虚構(フィクション)だよ、全部。書いてあるだろう? “すべて狂言”だって。これは全部、総て、嘘なんだって。狂言って言葉が読めない? 意味が解らない? そうじゃないならなんで俺の言葉が総て“狂言”なんだって解らない?」

「解って欲しけりゃ注釈でも説明でもすりゃいいじゃないですか」

「ここは俺の世界で、俺のセンスに総てがゆだねられる場所だ。説明や注釈なんて余剰過ぎて書く気も起こらないね。その所為で理解できないのは、全部俺の所為だが」

「理解されないのは自分の所為だって理解しているならまぁ、いいんですけどね」

「でも、それ以上に理解されていない感じなんだよね。なんていうか、理解してもらいたい次元がそもそも違う感じ。俺が前提としている部分で理解してもらえて無い気分。ま、ソレもこれも全部俺の所為なんだけどさ」

「前提、ってなんですか?」

「だから、全部“狂言”だって部分だよ。書いてあるだろ? 『“思考実験”的対話型小説系考察サイト(カオス』ともさ。ここで行われる総ての言説は全部、“思考実験”でもあるんだよ。その上で、凡てが“フィクション”なんだ。ここ理解してくれないと話が先に進まないんだけど……」

「えーっとつまりどういう意味で?」

「“小説みたいなもんだ”って思えってことだよ」

「それがフィクションという事?」

「そうだ。『この物語はフィクションです。実在する如何なる人物団体名とも一切関係ありません』。Do You Understand? 小説に『死ね』とか『殺す』とか書いてあったところで、誰も著作者が“誰か殺したいとか死んで欲しいと考えている”とは思わないってこと」

「あぁ、つまりこのブログの過激な発言とかあっても全部フィクションなんで真に受けないでって事ですか?」

「それもある。でもそれ以上に、俺が本気で心の底から“そう考えている”なんて思わないでくれって事だ。まるで俺が人でなしみたいに思われるのは残念でならない。小説にどんな過激な発言があったところで誰も著作者が危険人物だなんて思わないように、俺自身もただの著作者に過ぎないんだって事。それが此処の“前提条件”」

「…………そうだったんですか」

「やっぱり伝わってなかった! ……というのはまぁ今更でもあるか。でもなんでここに書いてることを総て俺の本心だ、みたいに思えるのかも解らない。再三、思考実験だとか小説系だとかアイロニーだとかすべて狂言だとか書いてあるのに、なんでその程度のことも伝わらないんだろうか。理解できないヨ、俺自身」

「だったら注釈入れればいいじゃないですか。“ぜんぶフィクションです。ただの小説です。妄想です。だから真に受けないで”って」

「だからそれが余計なんだっツーの。興ざめなんだってーの。面白くないんだってーの。どんな作品にも前提条件ってものがあるんだよ。それを無視するのは作品の根底を理解しないまま否定するようなものだ。世界観を知りもしないで馬鹿にするようなことだ。推理小説に人殺しはいけませんと突っ込むようなことだ。興ざめだろ、そういうの。余剰だろ、そういうの。馬鹿馬鹿しいだろ、そういうの」

「ま、まぁそうかも知れませんけど……」

「言葉が足りないのは自覚しているよ。でもさ、あんまりにも説明しちゃうのもつまんねーし興ざめだろ? 映画の一番最後に“全部嘘です”なんて書いてあって、お前楽しいのか? フィクションだって理解しながら見てるのに、最後の最後で水を差されたように気分になるだろ? 何云ってるんだッて感じだろ? これこれこれはこういう事なんですよ、なんて止めてくれよ、つまらない」

「それはそうなんですけど……でもそれも必要なんじゃないですか? フィクションと現実の区別が付かない人が居る以上、注釈は必要なことです──たぶん」

「あぁ、そういうのも好きになれないな。──でもまぁ、うん。解ってるんだよ。理解してもらうために必要なのは百回言い続けることであって、ちょこんと書くだけじゃ駄目だってね。それでも俺は無駄な解説をするつもりは無いけどさ」

「……貴方の場合はあれですね。読者に無理を言ってるんですよねぇ。余分な解説を入れるつもりはないけど、理解はしてよね、って」

「無理に内容を理解してもらう必要は無いと思うけれど──前提条件ぐらいはもっと周知徹底させたほうがいいかもなぁ。でないといつまでたっても堂々巡りだ。なんとかするよ、面倒だけどさ」

「あなたも大概ですよね」

「なんでもいいけれどさ──あんまり理解されないのも、面白く無いよなぁ」


「だったらもっと解りやすくすれば……」


「だが断る」


「じゃあ一生、理解してくれないって呟いてろ」


「身も蓋も無い言い方するなよ、片腹痛いだろ」


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『人工生命について』

人工生命について概要

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『めも帖』

・最近とに余裕が無い。というかそれほどでもないけれど。
文章を書くのには基本的に物凄い量の精神力を使用するので、精神的な余裕が無いと絶対に書く気が起こらないのである。
まぁメモとかまとめとか簡単な詩みないなのぐらいならいいんだけど、それはこのブログにおける本旨ではないのであまりそればかりやるのは意味が無い。
問題はネタを消費できずに腐らさせてしまう事なんだが、それ以上にサボり癖が付いてしまう事のほうが怖い。現に付きつつある。

・まぁでも別にいいや(オ

・前回更新分の『極限精神犠牲物 Who in Sacrificed』というのは
個人的に凄い気に入っているタイトルなのだが……いやもう何も云うまい。
微生物と犠牲物をかけてるとか、犠牲の牲に生物の生が入ってるとか……
極限環境微生物……いやもういいよ……もういいんだよ……

・『世界は生者が規定する』
そのままの意味だけど、それ以上に深い。と思う。いずれまとめる。

死と生は等価。我々はそのフラクタル構造の一部を見ているに過ぎない。

・生物がジーンであるならば、神霊はミームか。
この解釈は面白いので色いろと弄繰り回そうと思う。
これは特にまとめないと思う。

・久しぶりに竹本健治の本が読みたくなった。
と云っても自分はウロボロスの偽書と匣の中の失楽しか読んでない。
順当に云えば次は基礎論と純正音律か。
なんか短編が多いらしいがまとまっているのだろうか? 
できれば一通り読んでおきたいのだが……

・消滅に関する学問というものは無いのだろうか
非常に気になるのだが……うーん
これはいずれまとめようと思う。

・漫画というものはコレ、物凄い高度な媒体なのだナァと思った。
まぁその辺の話は別に俺がする必要は無いのだけれど。

一つにはリーダビリティーの簡易性(簡単に読める

もう一つはその利便性(いつでも読める

最後に製作における単純性(絵が描ければ作れる

これだけのものでこれだけのものが作れるのは本当に素晴らしい

──だけれども、それを作るのはやはり大変であった、という話。


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『極限精神犠牲物 Who in Sacrificed』

なんで。なんで誰も理解しようとしないんだ。理解しろとは云わないけどなんで理解しようともしないんだ。そりゃあ自分が言ってる言葉は自分で言うのもなんだが支離滅裂さ。あれで1から10まで理解できるもんだとは思わないよ。それは理解できる。

でもなんだってここまで無理解に晒されなきゃならないんだ。意味が解らない。意味が解らないよ。聞いてる? 俺の言葉聞いてる? あぁ解ってるよ聞いちゃいないんだろ。聞くわけ無いよなこんなつまらない話。そりゃそうだ。意味が解らないもの。

俺の言葉が悪いのかな。俺の語彙が悪いのかな。俺の精神がやばいのかな。かなかなかな? 俺の総てが悪いのかな? まるで俺の存在自体が悪いのかな。まずいのかな。やばいのかな。どうなのかな、かな。あぁ全く理解できないのかな。俺の何もかもが悪くて、俺の何もかもを悪くしているのかな。

生と死は等価だって。この程度の言葉も理解できないのかな。そのままの意味じゃないよ? まぁ言葉通りの意味ではあるけどさ。この言葉に意味なんか無いって思うのかな。解らないのかなこの言葉の意味が。生と死は等価なんだよ? どちらにも価値なんか無いんだよ? 解るかな? 解れよ!

なんで解らないんだよ。解るってなら説明してくれよ。解ってるんだろ。俺がいいたい事なんか全部お見通しなんだろ。だから興味もないんだろ。関心も持てないんだろ。つまらないって断言できるんだろ。だったら云ってくれよ。云ってみろよ。小学生にも理解できるような話だぞ。

なんでだよ。なんで理解してくれないんだよ。理解しているなんてどの口で言うんだよ。もうやめてくれ。期待なんかさせるんじゃない。失望したんだ。もう俺は総てに失望したんだ。お前らの総てに失望したんだ。なぜだよ。俺とお前らで何が違うというんだよ。違うのか。違わないのか。結局何もかもが違うのか。

こんなにも頑張って。こんなにも言葉を尽くしているのに。総ての徒労が無駄になるんだ。意味がなくなるんだ。俺の言葉は記憶ではなく記録に成り下がるんだ。誰の脳にも残らないのか。誰の意識も改変し得ないのか。じゃあ俺の言葉になんの意義が。なんの価値が。

無いなら無いで構わない。それが終点なんだ。今のお前らの限界点なんだ。成長の頂点なんだ。これ以上は進化が必要なんだろう。根本的な革命が必要なんだろう。それなら諦めが付く。あぁ仕様がないんだ。これ以上の成長はこいつらには望めないんだ。それが答えなんだ。

でもやっぱりだめだ。でも諦めなんか付くもんか。着く訳が無い。決着なんてつかない。永遠と着かない。つけてやるものか。抗ってやる。何が何でも反抗してやるからな。俺一人だけでも戦い抜いてやる。俺一人だけで戦い抜いてやる。俺のこの総ての人生を掛けて総てを壊してやる。壊してやるからな。

この総てを犠牲にして。その極限を体現して。俺はこの世界と戦うんだ。なにかと腐るこの社会に革命を起こすのだ。どうしようもない人類に救いの答えを与えてやる。違いの無い世界を構築してみせる。してみせる。してやる。するしかない。しなければならない。ならないのだ。

その精神を。その惰性を。その動物性を。その未熟さを。その退化を。必ずぶち壊して絶対に実現してやる。この精神を。この高みを。この心を。世界に広げてやる。世界にしてやる。この精神を。世界とすげかえるのだ。



だから待ってろ、無知なる者共



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『社会的進化について』

生物的個体的ではない集団的な意味における進化について簡単にまとめ

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『一般外知能について』

一般的で無い知能について。計算知能、群知能……など

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『人工知能について』

人工知能について簡単なまとめ

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『めもメモめも』

・正味、三日も休んでしまった。コレは不味い
ぶっちゃけ脳みそフル回転させていた……訳でも無いのだが、余裕はなかった。
なんという事だろう。
流石にこれはヤバイ
ちょっとサボりすぎである
修整しなければ……粛清!

・特にここ数日面白い事があった訳ではない。
ネタ自体は確保してあるのだが、
それは毎日消費していないから勝手に溜まっていくのである
当たり前の事なのであって、別に喜ぶことじゃない。
むしろ消費しない事の方が個人的には問題である。

・思考実験というものは前回調べてみて少し気になった。
というか、なんだろうか、あの微妙な感じ
思考実験というものは、学術的なイメージではないのだ。
あれは結局のところ、思考のための実験装置であり、
ただの踏み台なのだ。

あまり物凄いものだというイメージを抱くと痛い目を見る。


・勿論、それ以外にも思考実験というものは色いろとあるらしいのだが、
それらはある意味で科学的な結論を要求するもので。
なんというか、哲学的ではない。
悪いわけではないが、問い掛けに対する答えが“有る”のと“無い”のがあるならば
それらはやはり思考実験の中でも別々の分類、カテゴリーを与えられるべきだと思う。

その意味では住み分けは必要だ。
分類しなければならないのは人間の性だが、
分類がなければ正しい認識は出来ないのだから。


・まとめるものはWiki以外のものでもまとめたほうがいいと思う。
個人的には、語彙とか言い回しなどが貧弱なので、
そちらの方を強化するのもいいかもしれない。
インターネットに類語辞典があったかどうかは知らないが

・もうちっと読書感想や映像感想をやってみれ
でもこれといってレビューしたいものが無い。
どうしたものかうーん

・もっと妄想まとめてもいいかもしれないがどうなるか知らん。

・というか3(ry

・がんばれ自分

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『科学の果てに Nonsence Thought Experiment』

前述・思考実験まとめ1に対する反駁

「まずチューリングテストについて……」

「ちょちょちょ、待ってください……これわざわざ対話形式でやる必要あるんですか?」

「強いて云えばない。だが、最近特にやってなかったから無理やりやってみようという次第だ。なぁに、案ずるより生むが易しだ。意外と上手くはまるかも知れんぞ?」

「でも常識的に考えて箇条書きした方が早いですよね。要点もまとまるしなにより読み易いです。読者のことを考えれば対話形式は実はあまり優れた手法じゃありませんよ?」

「それは知っている。箇条書きは美しいな、わかりやすいな。まるで数式のように単純明快じゃないか。俺もそれは認めるよ。箇条書きは情報伝達における革命児だ! ダラダラと長い文章を書くことの無意味さよ。要点をまとめて単純明快明朗快活に話を伝えろ。無駄な感傷や感情は誰も聞いてないぞ。お前の心はどうでもいいんだ。さっさと話せ、バカヤロー」

「いや、まぁ、そこまでは云いませんが……」

「箇条書きの情報が欲しければそういう場所に行くのが一番手っ取り早い。ここはそういう意味では、それを目的とした場所じゃないし、読者にそれを与えるつもりは無いよ」

「“読者に優しく無い”宣言とか」

「総ての人間が読者に優しい事を考える必要は無いだろ? 総てを箇条書きで話し、書くように教育された世界に行ってみろ。個性なんかあったもんじゃない。人間の区分はその外見にあるのではなく、つねにその思考にのみ収束するものだ。お前がお前足りうるのは、その思考がお前固有だと認められているからだ」

「外見は……重要でしょう?」

「外見は重要ではない。物理的身体を有するかどうかは重要だが、それは所詮、肉体を持つかどうかというただそれだけの違いでしかない。……簡単に思考実験をしてみよう。こう考えてみるんだ。

1:あるところにAという人物が居た。彼には恋人Bが居る。
2:ある日、Aは実験に巻き込まれて消滅してしまう。
3:しかし後日、二人の人間が実験地跡で発見された。
4:一人はAと非常によく似た人間だったが、性格はまるで別人だった。記憶も全然別人のものだった。(A1)
5:もう一人は、全然別人の姿をしていたが、間違いなくAと同じ記憶と性格を有していた。(A2)

Q1:この場合、恋人Bはどちらの人間と付き合うのが妥当だろうか?
Q2:元のAを知らない人間はA1・A2どちらを元のAと連続性があると考えるか?

……はい、まずQ1の答えは?」

「…………A2で、しょう、かね? 記憶が無いならそもそも元のAとは云えないし……A2は今でもBの事を愛しているんでしょう?」

「勿論、記憶も性格も、つまり内面は全部元のAと同じなのだからね。逆に外面しかAでないA1は全く、その意味では恋人であれる可能性は低いわけだ。この違いは一体何処から来るのかな?」

「そりゃまぁ、人間は心を重要視する生き物ですから……」

「そういう事だ。ならば、人間を区分するのはほとんどがその精神という事になる。外見的な個性というものはその意味では人間関係に重要な意味をもたらさない。まぁよっぽど酷い外見でなければ、という条件はつくがね」

「じゃあQ2の答えはなんですか?」

「それは勿論、A1の方を、だ。B以外の人間で元のAを知らない人からすれば、実はA2よりもA1の方が元Aに近いと考えられるからな。外面の連続性は誰の眼にも明らかだが、内面の連続性など赤の他人からは観測不可能だ。元のAを知っているという前提条件が無ければ、Aを構成する要素は外面が大きな比重を占める。────心なんてもので人を区分しようとする事のまた曖昧さよ」

「うわー、あなた結局何が言いたいんですか……」

「さぁてね。どういう事かは自分で考えてみてくれ。その為の“思考実験”だ。云える事があるとすれば……『これはどちらもAである』という事や『もうどちらもAではない』という事さ」

「どちらもAで無い、というのはまぁ、解るのですが、Aが二人になるんですか?」

「Aが一人でなければならない理由はこの世界には無いよ。観測されるデータをどう処理するかが重要なんだ。もし処理の仕方が非常にアバウトであるならば、二人ともAであると判定される可能性がある。リベラルな考えの人間がこれを聞いたら、きっと肉体がAのA1も、精神がAのA2、どちらも元のAと連続性があると云うかもしれない。ま、勿論、Aの魂が二人に宿っている、という訳ではないと思うがね」

「はぁ……解ったような何なのか……それはそうと本題に入りましょうよ、いい加減」

「まぁちょっとだけまて、この類の思考実験それ自体に答えは“無い”んだ。この点は重要だぞ? 思考実験には二種類ある。答えのあるモノと、無いモノだ。そしてさっきのものには答えが無い。
思考実験においてそれが有意味であるか、無意味であるかはそれが思考するに値するかどうかただそれ一点のみだ。実際問題、今さっきて提示した問題には哲学的倫理的な意義はあっても、ただそれだけでしかない。答えの有る無しではないんだ。思考実験として、学術的に意味を見出せるかどうか。……思考実験の意義として、考える意味が無いものにはやはり価値が無いよな」

「……つまり?」

「設定に無理がある思考実験には価値が無いって事。それはこれから話す」

「なるほど、それが本題に関わってくる導入になるんですね。……回りくどッ」

その1:チューリングテストについて

「チューリングテストそのものの概要に関してはもはや此処で説明するまでも無いだろう。有名だしな。もし知らなければウィキペディアにでも飛んでくれ。……さて、チューリングテストそれに対する反駁をこれから行っていくが……さて、何処から話したものかな」

「というか大丈夫なんですか?」

「なにが? というか、コレ自体はただの思考実験さ。チューリングテストに対して無理やりいちゃもんを付けてみようという程度の話。それが真実味を帯びているかどうかはこれを読んだ人間に判定してもらえばいい」

「はぁ、まぁ最終的には丸投げですもんね、貴方の話」

「ここは読者にアンチテーゼを与える事を目的としているからね。……さて、チューリングテストに対する反駁いくぞ。まず第一。

1:チューリングテストそれ自体は“ただの思考実験”であり、このテストそれ自体が正しい訳でもなんでもない。

という事。これは解るな? このテストはAIに知性が認められるかどうかを人間が判定するだけの実験であって、客観的な結論を持ちうるものではないからだ。つまり、“答えの無い思考実験”の代表格なんだ」

「答えが、ないんですか?」

「判定を人間が下す時点でそんなもん、なんの意味も無いだろうが。お前、この実験でおまえ自身に知性があるかどうかも判定できると思うのか? この実験の二つ目の問題点が此処にある。つまり、

2:被験者は、箱の中に入っているのが人間かAIか絶対に判定できない。

という事さ」

「どういうことです?」

「単純。お前が箱の中に入って、もう一人の人間Cを用意し、お前らの間でチャットを行わす──ここは本当は会話でもいいんだがな──さて、Cは箱の中身が人間かAIかを判定する事は絶対に出来ない。それは何故だと思う?」

「それは……中身が解らないから……」

「その通り、AIがその通りに知能を真似するならば、人間と区別をつけることは出来ない。結果的に云えば、箱の中を覗く以外にそれを人間かAIかを判定する事は出来ない。まるでシュレーディンガーの猫のネコのような話さ」

「幾ら箱の外側から観察しても、中身はわからない、ですか」

「そう。そしてそこからこういう結論が導ける。つまり、

3:人間かAIを判定できないテストであるならば、チューリングテストにはAIの知性の有無を本当の意味で判定する能力は無い。

となる。噛み砕いて云うならば、AIに意識があるかどうかを判定は出来ない。強いAIと弱いAIを判定できない。などと言うことになる」

「はぁ……つまり、このテストに意味は無いんですか?」

「意味が無くは無い。アプローチとしてのAI研究には一定の効果を挙げるだろう。だが、チューリングテストに合格するように作られたプログラムは、ただそれだけしかプログラムされていないという意味で、AIとは程遠いただのシステムだ。将棋プログラムやチェスプログラムと同じように、それはやはり何処までも機械的だ」

「なるほど」

「チューリングテストそれ自体にはこういった感じの反論がいくらでも可能だ。それと同時に全く意味が無いというわけでもない。哲学的示唆も多く含んでいる。……極論すれば、箱が人型だったとして、俺が全くの機械でAIを搭載しているだけかもしれないって考える事もできるな」

「はぁ……あなた機械なんですか?」

「さて、どうだろう? お前は俺が人間だと思うか? それともAIだと思うか? お前はそれを判定できるのか? 頭をかち割る以外の方法で判定できないのか? そう考えるならば、そもそも人間とAIの違いは? 全く人間のように振舞う事ができるAIと人間の違いは?」

「…………一気にまくし立てないで下さい、頭が痛くなりました」

「俺からすれば、お前には全く知性を感じられないな。お前本当に人間か? AIがプログラムにしたがって振舞っているだけなんじゃないのか?」

「酷ッ。私は人間です!」

「さぁて、どうなんだろうねぇ────そうプリプリ怒るな。機械みたいだぞ」


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2:ブロックヘッドについて

「これについてはそういう事が無いな。簡単な話だし、特に間違っちゃいない」

「そうなんですか?」

「実現達成不可能性はあるが、前提は間違っちゃいない。ただの単純なプログラムでもある意味でのAIを達成する事は可能だという事に過ぎない。逆に言えば、チューリングテストのようなもので“真の意味での知性”を判定する事は出来ないし無意味であるという事さ」

「さっき貴方が云ってた事と、云いたいことは同じですね」

「そうだな。人間の脳や意識や知性が、ブロックヘッド様のプログラムをこなしているわけじゃない事を考えるならば、少なくとも人間の知性はブロックヘッドとは違うシステムであると考えられる。だが、非知性的なブロックヘッドと人間を区別する事は出来ない。此処から導き出せる結論、それは、

A:人間的振る舞いをするかどうかを判定するだけではAIの知性を判定する事はできない、というか、意味が無い。

という事になる」

「特に反論も無くスムーズに結論が出ましたね」

「これは別段思考実験というようなものでも無いからな。その意味で言えば、あまり考える意味が無いという意味で、あまり価値の有る話でもない。まぁ、チューリングテストと一緒に覚えておくのが関の山だな」

「酷いですね」

「ま、人間の脳が非知性的なブロックヘッド様のプログラムをこなしている可能性は、実は否定できないんだけれども……それはたぶん、ないんだけど……さぁて、どうなのかねぇ。人間は、人間が意識して無いだけで、実は非常に単純なシステムで成立しているのかもしれないな。はてさて──」


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3:中国語の部屋について

「いい加減、疲れてきたんだが……まぁいいだろう。中国語の部屋という思考実験は非常に有名……でもないか。わからない人は過去のエントリーを読むか、ググってくれ」

「相変わらず読者に優しくない……」

「人間に残された時間は極わずかだ。同じことを何度も説明する気にはなれないナァ」

「それでも不親切には違いないですよねぇ」

「だったら、世間の方が俺に不親切なんだろう。全く、この程度の話は俺が説明するまでも無く知っていて欲しいものだ。まったき不親切な世界よ。げんなりするね」

「脇道に入って獣道をずかずか進まないで本題に入ってください」

「中国語の部屋が示唆するものはつまりこういう──箱の中の人間が中国語を理解していないならば、箱そのものも中国語を真の意味で理解しているわけではないのではないか?──という事だ」

「はぁ……でもこの実験って、なんか回りくどくていまひとつ解り難いんですよねぇ」

「それはこの実験が、“答えの無い思考実験”に分類されるからかな? この実験には明確な解答を与える事ができない……それは何故だかわかるか?」

「ん? えーーー、……なんででしょう?」

「そもそも“理解する”という言葉の定義が曖昧になるからだ。どういうレベルで理解していればそれは理解している、という事になるのかな? 箱全体を見て中国語の会話が成立すればそれは、中国語を理解しているという事になるのかな? これはコンピュータにも、人間の脳にも云える話だ」

「というと?」

「コンピュータの場合、小部屋全体がコンピュータを表し、マニュアルに従って作業する英国人がプログラムに従って動くCPUに相当するんだな。CPUが中国語を理解していなければ、本当にそれはコンピュータが中国語を理解していない、という結論になるのかな?
人間の場合も同じさ。小部屋全体が脳みそを現して、マニュアルに従って作業する英国人が脳細胞、とでも考えればいい。脳細胞という一つの単位が、中国語を理解していなければならない理由は? どう考えても脳細胞単体は中国語を理解しないが、脳全体は中国語を理解しているぞ?」

「さっきから理解理解って言いまくりですね」

「その通りだな。どのレベルで理解する事が“理解”という事なのだろうか。システムの一部を切り出してその部分が中国語を理解していないという事で、そのシステム全体が中国語を理解しているわけではない、と云うのは暴論だな。それは“脳の否定”だ」

「脳の否定ですか……」

「あらゆる知性の否定でもある。知性というものは複雑なプログラムを幾つも重ねた上に存在する総体としてのシステムだ。そこで英国人一人をつるし上げる意味は無い。彼はシステムの一部なのであり、彼を含めた総体こそが“知性”なのだ」

「じゃあこの思考実験って」

「全く、意味の無い話だ。哲学的には面白いかもしれないが、そこから直感的に云われる言説にはなんの意味も無いし説得力も無いな。──つまりこれらの主張にはなんの意味も無い。

1:心の哲学からこの実験を見ると、これは心身問題に対する立場の一つ、機能主義に対する反論を提示している。すなわち
・意識体験は機能に付随しない。機能主義は間違っている。

2:言語哲学の観点からの表現は、次のようになる。
・統語論は意味論を含まない

3:人工知能の哲学の観点から表現すると、次のようになる
・強い人工知能は製作不可能である。

まず1に対して。中国語の部屋の思考実験がすなわち、脳の機能総てを表現しているとは全く言いがたく、この主張には根拠が無い。一部の機能に意識体験が付随しないからといって、総合的に見た脳の機能から意識体験が付随しない事の理由にはならない。

2について。残念ながら自分は言語学を理解していないので反論も肯定もできない。……ただ、この思考実験が意味を持たない事から考えても、その結論自体に意味は無い。もっと真面目に考えてくださいという話だ。

3についての反論。基本は2と同じになるが、強い意味でのAIは創造可能だ。もし何らかの形でも脳やこの意識を模倣する事ができないならば、そもそもこの脳自身が超物理的な存在になってしまう。意識を作り出しているシステムが超常的でないと考えられる以上、AIが人間と同じ意識体験を持つことは可能であると思われる。

少なくとも、似たような意識体をAIが形成する事は可能だろう。人間と全く同一である事は、逆に不可能かもしれない。

……こんなところかな」

「理解できないー」

「中国語の部屋は哲学的には面白い題材だけど、それを学術に取り込むことは無意味な主張だ。残念ながらこんな話を大真面目に哲学以外の場所で話す事に価値は無いな。そんな事をしたら普通、馬鹿にされる。主に俺が馬鹿にする」

「容赦ないですね、あなた」

「昔の哲学者はこの程度の話で喧々諤々云っていたのかな? 馬鹿だったのかな? それとも俺の脳みそがこの思考実験の本質を理解していないのかな? どっちだと思う?」

「知るか馬鹿」

「馬鹿で結構。……しかしまぁ、その意味で言うと、俺は前回の話で云うところの、“バリバリの物理主義者で機能主義者”なんだろう。……ただま、あーゆー主義主張の話を聴くと、何故か微妙に全部間違ってるような気がしてならないのだ。それは何故かナァ」

「知りませんよ、そんな事」

「なんというのかな。まだ後一つ言いたい事が残っているんだが、いい加減疲れたのでやめておこう。それは次回に持ち越しだ……ここまで話してきて思うことは、どうしてこんな間違った話が出てくるのだろう、という素朴な疑問だ」

「素朴な疑問?」

「思考実験というものはあくまで机上の空論だ。それが直接なんらかの形で学術的な結論をもたらす事は無い。その思考実験から数式を組み上げ、順列を並び上げ、計算する事で初めて学術的な意味を持つ答えが出てくるんだ。だから、思考実験から即、学術的な解答は得られない。それを物理的科学的数学的に置き換えなければならないんだ」

「はぁ……」

「思考実験は結局のところ、未だに答えの無い、そういった領域でのみ意味を持ち得ないんだな。だからこそ、心とか、魂とか、意識とか、そういう題材で用いられるんだ。それは往々にして哲学の領域で、実際のところ、最後まで答えを希求する事に意味は無いんだ。思考実験は科学的な結論をもたらさない。…………畢竟、それに囚われる事に意味は無い」

「思考実験に、とらわれるのですか?」

「思考のループにはまり込んでも、答えは得られないよ」

「じゃあ、答えは何処にあるのですか?」


「簡単な事。──答えはその数式の先に」


「そして物理の先に」


『ならばそれらは』


『科学の果てに』


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『哲学的ゾンビと意識について』

題名そのまんま。

情報補完 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『思考実験1』

思考実験の幾つか概要まとめ

情報補完 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『焦げ臭いぜ』

・民主党・小沢代表の公設秘書逮捕でまーーーた混乱し始めた政治

・でも今までのものとは違って完全に犯罪臭がする話なのでこればっかりは真相究明までやっていかなければならない。
さすがにこれはマスコミもスルーできないようです。
何でスルーしないのか逆に不安になる……なんというマスコミ不信

・問題があると問題ばかりを取りあえげて、その他の部分を全く報道しないというのもマスコミ、というか情報媒体としてもはや話にならない……のだが、なにかをクローズアップすればその他の部分が相対的に小さくなるのはしょうがない

・はといいつつ、それを悪用するのがマスコミなのでやっぱり信用ならない。
というか信用していない。

・陰謀論が大好きな人間もあらゆる事にそれを適用するわけでは無いらしい。
マスコミの偏向報道も陰謀だと思わないのかね。

・結局、総ての根本原因は“衆愚政治”なんだけどね
理想を云えば馬鹿でも平和に暮らしていける世界の構築なんだけど、そんなものは夢物語であって、そこに付け込んで甘い汁を吸う人間は後を絶たない訳で。

・衆愚的になれるのはあと何百年も先の話だろう。
それまではせめて国民の政治レベルは高くなきゃいけないんだよって話。

・これで暫くは麻生叩きをしている余裕も無かろう。いい気味だ
今のうちに麻生さんにはマスコミが文句を云えないようなでかい事をやって欲しいところだが……

・多分それも報道されない。

西松建設からの違法献金疑惑で民主党の小沢代表の秘書を逮捕
とりあえず事件の発端となる概要だけ

「小沢代表、西松建設からの違法献金について‐小沢代表の進退‐」結果
リアルタイム世論調査.net

こういうシステムは絶対に必要なのだが、情報が絶対に偏ってしまうのは問題のような気もする。
ネットを有効に利用できない層の声がここには絶対に入らない訳で……それでもやらないよりはやった方が全然マシだが。
マスコミのいう世論調査なんてそれこそ当てにならんので

どうでもいいが、ネットでは大半の人間が人の話を聴かないで自分の意見を言いまくるので、ある意味健全で率直な話を聞ける。
ただし、あるコミュニティー内部だけでの発言を全て読んだ所で意味は無い

完全に健全なコミュニティーなどというものは“何処にも無い”からだ↓

yahoo みんなの政治で、小沢一郎のページが大変な事にw

yahooってそういう場所にされているのか。初めて知った
その意味で言えば、ネットにだって別に思想的に安全な場所はない。

必要なのは中立的客観的に判断していく理性だ

まぁそういう言説ってのはある意味での過激さが無いから目立ちにくいんだけど……一番重要なことだよね

……殆どの日本人のPCのスタートページに設定されているであろうyahooをプロ市民が活動の場に選ぶのはある意味で必然なんだけど……これは怖い話だナ

民主党支部の事務所などが入居している相模原卸売市場が全焼
焦げ臭いと思ったら本当に燃えていたという話
これが今後どう影響してくるのか知らないが、これこそタイミングが凄すぎるという話

でも真相は闇の中……まぁ内部からの出火、或いは放火か、外部からの出火あるいは放火ぐらいはすぐに解ると思うけど。……その辺、うまくやってるはずだからやっぱり解らないと思うナァ

といってる俺が既に証拠隠滅だと漠然と信じていた。すげぇ

これって単なるヤミ献金事件じゃないぞ・・・
なるほど……いや、俺が何かを云うのはやめておこう……とりあえず検察がんばれ

テレ朝スーパーモーニングの番組出演者全員で小沢擁護 小沢批判意見ゼロ
マスゴミ死ね

いやまぁ、そういう部分が合ってもいいとは思うよ。
結局のところ公正な番組がありえるとも思わないし、マスコミだろうがなんだろうがスポンサーや自分達の考えってモノが在るのは当たり前なのだから。
嫌なら見ないって選択肢が視聴者にはあるのだ。事実、わしはもう既にTVのニュースや報道バラエティーをほとんど見ないようにしている。
(ムカつくからといってそういった報道を一切するな、というのも極端だ)

問題なのはそういった番組を見ることで何の疑いも無く信用してしまう人がいるという事の方

……ま、それを云うなら何の為の“放送法”だっていう話でもあるんだけど

平然と放送法違反を繰り返す日本のマスコミ
純粋培養の思想も不健全だとは思うが、犯罪の方が悪質である。常識的に考えて

・『現状、真相はどうあれ政治を混乱させた責任は負われるべき』と云う事は簡単であるが、それは実際のところ、最善の策ではない。

・表層だけを見てすぐに進退や結果を求めるのは“衆愚的”である。

・重要なのは真相を突き止め、それに関する意見を求め、その正否を決定する事である。

・今すぐに結果を求める事は、結果的に問題をうやむやにしてしまう事に他ならない。
現状の政治などの混乱、或いはマスコミによる世論操作は、自分達の衆愚政治が招いた結果である事を国民全員が理解しなければならないのだ。
民衆の民主政治へのただ乗りが今この現状を作り出していると認識しなければ、問題の根本的な解決は見えてこないだろう。

……とは云っても、権力はやはり民衆にあるのではなく、往々にしてマスコミや権力者が握っているのも事実だ。

・願わくば、こうした問題を契機とし、問題提起して行き、衆愚政治からの脱却を目指していって欲しいと思う。

・という話

・を俺がしてもなんの意味も無いッツー事


雑記断片 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『メモめも』

・ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルの本をそういえば一冊も読んでいない
なにかしら自分に近しい何かを感じるのでいずれ読んでおいた方がいいだろう。

・物凄くスルーしたけどまた一日休んでしまった。
最早別に誰も突っ込むようなところでも無いからドウデモイイと思い始めている
そんな自分にちょっと危機感
でももうどうでもいい(オ

・自分は基本的にエントリーを書く際には、話を先に考えるかタイトルを先に決めて書いている。
話ありきかタイトルありき。
話が最初からあればそれに越した事は無いのだが、取っ掛かりが何も無い状態で話を考えるのは難しい。
だから、タイトルを考えてから話を考えている。よく

・問題なのは、タイトルがあっても話が思いつかない場合。
まぁこれはもはや自分の発想力の乏しさを恨むしかないのだが
あとやはり時間が無いと話を練る事ができない。
困った。

・このブログは読者の反応を期待して開設している所なので、コメントとか無いともはややっている意味が無い。
勿論、書くこと自体にも意味を見出しているが、ただそれだけであるならば、そんなものは公開する必要など無いのだ。
ああ、やる気を維持するのも大変な事だ。そんな事はいつでも何処でも当たり前の話なんだけれども

・折角なので情報をどんどんまとめて逝こうと思う。
ネタが無い訳でもないが、情報の摂取は人間として最重要命題です。
というか、情報を取らないと劣化していくばかりだ

・アニメ『空を見上げる少女の瞳に映る世界』が凄い(悪い意味で
此処まですっからかんなアニメを見たのは生まれて初めてかもしれない。
なんだかよく解らないのだが、中身が全く無いのだ……これは凄い謎である。
1クールもやって一体どんな映像をおれは見ていたんだろうかと思うほどに何も無い。

次回で最終回という予告を聞いて俺の頭の中がすっからかんになった

たとえるならば、作者が思いつきで書いただけの特に深い世界観がある訳でもない短編の話を映画化したような感じ。
短編を映画化すると物凄く中身の無い映画になるのである。見れば解るが(例外は兎も角
このアニメは数話しかない短編の物語を1クールアニメにしちゃった感じ
無理やり1クール分の長さにするために、おおよそどうしようもない引き伸ばしをしている。
様々なエピソードを間に挟もうとしているのはいいのだが、それらの総てが基本的にはどうでもいい事なので、結局記憶に残らない。

なんというか、1クール分を映画でやればいいんでない?という感じ。

まぁこんなの映画で見ても面白くないと思うけど

・化物語りアニメまだー?

・民主ざまぁ

・マスゴミ死ね

健忘備録 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『動物か人間 Animalize Human』

「人間ってのは意外と理性的な生き物じゃない。この殻の制約がある限り、人間はどうあがいても理性だけで生きる事は不可能なんだ」

「不可能……ですか?」

「不可能さ。人間が人間である限り、そこにある限界だ。限界の無いモノなんかこの世界には無いし、よしんば有ったとしてもそれを人間が手にする日は来ない。限界をもつモノが無限界である事は無理な話なんだ」

「どうにも当たり前の話だし、言葉遊びのような気がしないでも無いですけどね」

「それ以上に、人間は理性的なだけでは居られないという話さ。……あぁ、それにしても全く、世の中の薄汚い事よ。俺のような人間にはとてもじゃないが直視できるような世界ではない。あんなものを間近に認識してみろ、即死じゃすまないぞ」

「そりゃま、世界を直視できないなら、そりゃ死ぬしかないんじゃないですか?」

「さぁて、それはどうかな……世界は広すぎて、大き過ぎて、人間の認識では全く処理できるような代物じゃないだろ。その意味では、世界そのものを見ている奴なんか誰もいないし、ましてや直視したところでその視界や認識に収まらない部分が大半だ。氷山の一角という表現すら生温い。“four-nine percent”の視界は人間には視ることも適わない」

「つまり、世界を直視したら死ぬのは本当だけど、そもそも直視できないので意味が無い、んですね」

「よく解ってるじゃないか。まぁどの道、言葉で遊び続けてるだけじゃ未来は無いな。戯言は楽しいが所詮は虚言で狂言で妄言だ。限界だ無限だなんて話はソレこそ何処で話したところで空言なんだろう。意味が無い話をする事にも意味はあるが、それを他人が聞くことに意義は無いんだ」

「要するに、早く本題に入れって事ですね」

「手厳しいな。あぁ全くその通りだ。空言をありがたがって聞く人間などそうそう居る訳が無い。仮令、そんな酔狂な奴が居た所でそいつが都合よく空言師の前にいるとも限らない。その空言に気づくかどうかも解らない。つまりはこんな虚言を弄したところで人は集まらないって訳さ」

「なるほど……じゃなくて、本題に入ってないんですけど……」

「なんとまぁ困った話だ。……まぁ頑張って本題に入ろうとしよう。語るべきことだけを語ることの難しさよ。それが最善であるかどうかも解らずに」

「少なくとも読者からすれば脇道に逸れまくるよりはそうあって欲しいですよね」

「人間の活動というものはさ、何処までが理性的なものなんだと思う?」

「え? さぁ、食う寝る遊ぶ、以外のことなら大体理性的なんじゃないですか?」

「さぁて、それこそどうかな。食う寝る遊ぶ以外のことは全て理性でこなされているって? 冗談を言うな。大体人間の活動のほぼ全てが食う寝る遊ぶに関係する事じゃないか。自分が今日一日でやった事を回想してみな。それの何処に“食うためにやった事”“遊ぶためにやった事”“寝るためにやった事”以外の事があるというのさ?」

「…………でも、じゃあ、もっとこう、考えて、頭を使った事をしていれば、それが理性的なことなんじゃないですか? 例え食う為にやっている仕事だとしても、それは十分に理性的でありえます。むしろ高度な事やってればそれは十二分に理性的でしょう?」

「十二分に理性的である、か。……俺にはどうにもそれが信じられない。人間って云うのはさ、この身体に、脳に縛られた生き物なんだ。お前の行動は全てお前の身体と脳によって規定されている。お前は、その肉体と脳髄が望む以上の事を為し得ない。もしそんな事が在ると言うのならば、それは既に超常現象だ」

「超常現象とまで云いますか──?」

「これは単純なトートロジー、同語反復だ。お前の脳の限界がお前の思考の限界である。ネコの限界がネコの限界であるといっているのと変わらない。もし仮にお前がお前の脳が想起し得る以上の思考を得たならば、それは何かしら外部からの力場がお前に加わったとみるしかない。つまり、魂や心霊や“何か”が自分の外側からエネルギーをお前に与えた、という事になるだろう? 」

「────まぁ、自分の身体、というか、それが限界なのは解るんですけどね……それがどう理性的でないことになるんですか?」

「ほぼ全ての人間の活動は、“肉体に縛られたモノ”だ。人間は結局のところ、生きる為、楽しむ為に生きているに過ぎない。それによって行われる活動の何処までが動物的な欲求で無いというのさ。何処まで高度だろうとその目的が欲求的な行為ならば、それは動物的反応であって理性的なものじゃないだろ?」

「さぁ……高度な思考活動などはやっぱり理性的だと私は思いますが……」

「そりゃ本当に高度な思考活動なら理性的であると云えないこともあるまい。だがね、“多少それが高度である”というだけでそれが完璧に理性的なモノであるとは全く云えないんだよ。人間の行動や思考は、ほぼ全てが無意識の内に為される事であるならば、やはりそれはなお更、動物的であるとおれは思う……」

「ほぼ全て無意識……で行われているんですか? 色んな事が?」

「飯を食うことも料理をする事も通勤する事もゲームをする事も、ネットをする事も動画を探す事も本を読むことも話をする事も文章を書くことも────あぁそうなんだ、それが本当に意識的に行われていないならば、それはほとんどが無意識の領域で行われているただの形式的な処理活動に過ぎない。ただ淡々とこなせる日常なら、それはほぼ全てが無意識下のものであると考えて差し支えない」

「そんな、……そんなに私、夢遊病的じゃないですよ?」

「無意識で生きる事と、夢遊的である事は全く違うよ。起きている限り、人間はその脳を活動させ、自己をその時々で認識し、その時々でするべきを事を理解して、その時々で手段を選んで、実行に移している。ただ、認識から手段に至るまでの時間というものは本当にわずかだ。そして大半の時間はただ事象の“実行”にのみ注がれている。そして、その実行の時間にこそ“無意識”が台頭しているんだ」

「はぁ……つまり、何かをやろうと思うまでが意識的で、その後はほぼ全て無意識って事ですか?」

「大体そうなる。どだい、無意識でやってる事を理性的などと俺は云いたくないな。例えそれがどれほど高度な技術を要そうとも、それが無意識的な技術である限り、それは“この理性”的では無いんだ」

「理性ではなくても……人間的じゃないですか」

「理性で無いなら……動物的さ。動物だって時におり、高度な事をなしているじゃないか。人間が驚くような行動を、集団で行う生物だっている。蟻が巨大な巣を作るのも、蜂が餌場の情報を伝達するのも、十分に高度じゃないか。でも、そんなものは動物的な能力に過ぎない。動物は本来、そういった意味で特化した高い能力をそれぞれが持っている」

「じゃあ、人間だって変わらない、というんですか?」

「人間だって変わらないさ。人間は無意識下でも高度な事を行えるぐらい、優れた生物だ。外敵を見つけ出し、道具を使い、住まいを作り、種を撒き、集団で狩にも出かける。音楽を口ずさみ、絵を描き、遊びまわる事ができる。それら全てを無意識でこなせる。なんという高度な生物だろう。直立二足歩行の奇跡だ。今まで生物が為し得なかった多方面への能力特化。その進化の最終形態がこの人類だ」

「……凄い話、なんじゃないですか?」

「生物的に云えば、動物の世界では、ただの生命としては素晴らしいんだろう。……だがね、人間はいつしか意識を持ったんだ。この意識を、理性を、倫理を、合理を、概念を、文化を、素晴らしい世界をその脳内に築き、地球に再現してきた。それでも、いや、それだからこそ、人間のこの動物臭さが俺には赦せない。

────食う寝る遊ぶ為に、その為に人生の大半を消費する事が赦せないんだ」

「そんな事は、知った事じゃありませんよ。それに、それだけでも十分に人間的じゃないですか。人間臭いって意味じゃないですよ、十分に文化的で高度な生活を送ってるんだからいいじゃないですか。食う寝る遊ぶ為に、技術の無駄遣いをする事ができるじゃないですか。それって、本当に、素晴らしい事なんじゃないですか?」

「食う寝る遊ぶ以外で、人生を使う事をまるで無意味に扱う、この世界が俺は好きになれない。食う寝る遊ぶ為に高度な事でも為している人間はそれで十分素晴らしいなど……そんなものは自己の正当化に過ぎない。そんな生活をしている自分を、それでも自分は十二分に高度な人類に位置していると、安住しているんだ。自分の今の生き方は間違っていないと、ただ云いたいだけなんだ」

「それのなにが、悪いのかって事ですよ」

「何故ならそれは……動物的だからさ。Animalize Human、動物化する人間よ! その動物的な欲求にしたがってお前は何を為すというのか。その動物的なまでの浅はかさによって、何に成るというのか。その理性は何を求めているのか。自己を正当化するような理性は、既に“動物化した理性”に過ぎない」

「動物化した理性、……ねぇ」

「己の欲求に飼いならされた理性よ。お前は既に人間ではなく動物だ。動物的に思考する、動物的に無意識な、動物的な人間に過ぎない! 己に反抗しろ、己を打ち破れ、己を否定しろ、己を疑え、己を信じるな、己の中に生まれた要求は、自己の肉体が生み出した動物的な欲求だ! 己が肉体に縛られる限り、その理性は常に動物化の危険に晒されている」

「そんな……」

「あらゆる無意識の内に起こる想起は総て動物的な反応だ。欲求も、恐怖も、感情も、なにもかも、それが無意識的であるならば、それは動物的な反射活動だ。それが感情であり、激情であるならば、それこそが理性の敵である。己の中の動物を殺せ、感情を殺せ、激情を砕け、愛すらも動物的だ。そんなものを得て救われるのは、動物的な己に過ぎない。動物が自己の欲求にしたがって自分を満足させているに過ぎない」

「…………でも、それが当たり前の世の中なんですよ。生きるために必要なのは自分を疑う事などではなく、仕事をする事です。お腹がすいた事をグダグダ考えるより、ご飯を食べるために行動した方が結局は自分のためです。あなたがあなたとして、人間である以上、あなたは人間的に動物的に生きなければならないんですよ」

「────解っているさ。俺も所詮は動物の延長に過ぎない。生きる為にどれだけの時間を動物的に過ごしてきたか知れない。でもだからこそ、俺はそうありたくは無いんだ。この理性を尊重したい。動物的でなどありたくは無い。人間として生まれた以上、人間として最大限“人間的に”生きたいんだ」

「あなたは、人間じゃないんですか?」


「俺は、まだまだただの動物に過ぎない」


「人類は、人間じゃないんですか?」


「人類も、まだまだただの動物に過ぎない」


「貴方が求める“人間”とは一体何なんですか?」


「俺が希求するその“人間性”とは──


────肉体の欲求を総て排した上で残る、純粋理性の持ち主さ」


「それは神です」


「じゃあ、神になれよ。それが理性を持った、この人間の使命だろ」


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『動物か機械 A Mechanical Animal』

「あらゆる現象それ自体はとてもメカニカルなものだ。全ては機械的であり、決定論的であり、齟齬の無い一連のカスケードである」

「日本語でおk」

「しかし動物は、それ以降も動物的である。全ては機械的な連鎖反応でありながら、生物は限りなく“動物的”なんだ。……この意味が解るか?」

「まず問いの意味が解らない場合はどうすればいいんですかー?」

「理解を放棄している人間に与える回答は在りません。思考の放棄は限りなく動物的だけど、やってる事は機械的だな。……まぁどちらにせよ褒められた話じゃないが」

「あなたの話は基本的に最初の方で人を置いてけぼりにするんですよ」

「これは論文でもなければ説明文でも無いんだ。最初から答えを云ってしまう意味は無いね。考えても見ろよ。一番初めに犯人を名指しする推理小説が面白いものか?」

「それはミステリーにおける倒叙物に対する挑戦ですね」

「倒叙物の面白さは推理ではなく心理戦にあり、人間関係にあり、極論すれば物語りそのものにある。あれはミステリーというよりは人間ドラマなのさ。だから、あえて云うならばあれをミステリーというのは少々語弊があるし、あれをしてミステリーそのものを評論するのは筋違いだろう」

「────で、何の話でしたっけ?」

「動物的であるか機械的であるか。その違いと意味だ」

「まぁ……全てが機械論的であるという話は解るんですけれどね」

「なら話は簡単だ。全ては機械的だ。世界は単純明快に機械論だ。……ま、機械論そのものの定義がどうなっているか俺には解らないが、云ってしまえば世界というものはどこまでも連鎖反応的なんだ。だから、あらゆるチェーンリアクションは機械的にこなされている。Aならば次はB、そしてC。一連にこなされるそれらの変化は、機械によって流れ作業的に処理される因果に過ぎない。世界そのものは、機械的に処理されるだけの決定論的世界だ」

「難しい言葉云ってますが、話の内容は簡単ですよね」

「しかし、その中にあって生命は限りなく“動物的”だ。機械的でありながら動物的──さて、その心は?」

「…………限りなく人間に近いAIは製作可能……とか」

「限りなく俺が云いたい話から遠ざかった! だがその考え方は解らんでもないな。でもそれは誤り。正解は人間と区別の付かない、それどころか人間以上の人工知能の創造は可能だ。人間と違って殻の制約を限りなく減らせるAIは理想的な意識生命だ。人間の不完全性がその身体それ自体に帰依する問題ならば、AIが人間を超えるのは必然だ」

「ぞっとしない世界ですね」

「ほっとする話さ。……その意味は、押して知るべし」

「で、なんの話でしたっけ?」

「動物それ自体は機械的でありながら、それでも動物的なのは何故か?さ。いい加減、本題を処理してネタを減らさないとストレスが溜まってしょうがないんだ。頼むから脇道に逸らさないでくれ。……いいか? 全ては機械的だ。細胞もDNAもRNAもセントラルドグマも神経ネットワークも免疫反応も視覚情報の処理も認識反応も全ては機械的なんだ」

「それはまぁ、解りますが……」

「それでも動物は動物的。その理由は……機械的であるということと動物的であるということが全然別次元の話だからさ。レベルが違うんだ。或いは層かな」

「してその心は?」

「『動物的』という単語と『機械的』という単語は対義語じゃないってだけの話さ。動物と機械はよく比べられるが、その事に意味は無いって事。……そもそも動物と機械じゃ、その概念というか、理念の発生過程が全く異なるのだから、当然といえば当然なんだけどな」

「はぁ……どう違うんですか?」

「動物も機械も、複雑な機械体系として発達してきたモノに違いは無いが、その発生プロセスが全く異なる。むしろ正反対であるといってもいい。……動物も機械も0から作られた体系に違いは無いが、その複雑さは断トツで生命の方が上だ。DNAや細胞レベルで複雑な“機械”は未だに存在しない。機械ってのは“人間が理解できる”単純な連鎖反応を利用するしか出来ないから当たり前といえば当たり前なんだが」

「だんだん話が胡散臭くなってきてませんか?」

「気にするな。最近の機械やPCがその高性能さに反して単純な働きしか出来ないのは、それで十分目的を達しているからなのさ。つまり利便性の追求だ。機械の働きは単純だが、それで十二分に製作目的を達している。それが“存在理由”なんだ。……でも、生物は違う。動物的であるということは全く機械的では無いんだ」

「はぁ……?」

「動物それ自体を構成している因子は全て機械的だが、最終的なアウトプットとしての生命は動物的だ。それは、“動物的”という言葉が既に暗に『目的』を有しているからでもある。動物的という言葉の意味は既に目的“的”なんだな」

「日本語が可笑しい……」

「生命の定義は、
『1:外界および細胞内を明確に区別する単位膜系を有する。
2: 自己を複製する能力を有する。
3:外界から物質を取り込み、それを代謝する系を有する。 』
なんだ。生物はそれ自体が自立的能動的に動かなければ消失してしまうという意味で、機械とは大きく異なる。単位を細胞とするのも、代謝を行うのも、自己複製を行うのも、全てが生物の自己保全という“目的”を達成するための前提条件である。──ほら、機械と生物はその発生プロセスが全く異なるだろう?」

「まぁ別にそれは今考えれば云われるまでも無いような気もしますが……」

「つまりさ、生物はその“存在理由”としての自己複製と種の繁栄を遂行する為の“系”であり“機械”なんだ。生物がもつその目的と、その為の行為と反応を指して『動物的』と云うのさ。飯を食うのも外敵を排除するのも性欲を有するのも全ては“動物的”であり、動物が持つ目的的な行為なんだ」

「なるほど。それで機械的と動物的っていうのは……」

「層(次元)が違うんだな。“全ては機械的であり、動物も機械だが、動物はその目的により、動物的に振舞う”。至極単純な話だ。…………さて、此処までくれば俺が云いたい事も解るな?」

「あれ? それが云いたかったんじゃないですか?」

「こんなのただの前提条件じゃないか。それを踏まえた上での話さ」

「まだなにか語るんですか……いい加減にしてくださいヨ──」

「動物が機械的であり、機械も動物的で在り得るならば、全ては逆転できるんだよなぁ……。あんた、自分の体とか、他人の体とか、そこいらの動物の体の中がどうなっているか知っているか?」

「は? いやまぁ、普通に内蔵があるんじゃないですか?」

「はん、どうかな。もしかしたら螺子とか歯車が沢山詰まってるのかもしれないぜ?」

「…………へ?」

「考えても見ろよ。全てが機械的であるならば、実は自己や、他者の体がまるで機械であってもなにも変わらないんだ。全ては機械で代替可能だ。その脳みそすら機械に置き換えられる。お前がお前であるための部品など何処にも無い。俺が俺である為の部品など在りはしない」

「なんですか、それ?」

「お前が今目の前で話しているそいつは本当に細胞で形作られた人間か? それともただの鉄屑か? ソレを調べるために相手の頭をかち割ったところで、それ以外の人間が本当に鉄屑かどうかは解らないぞ? さぁどうするよ。全ては機械仕掛けの人形劇かもしれない! 俺もお前も鉄屑となんら変わらない! それがただの肉の塊だったとして一体なんの違いがあるというのさ! なんもないんだよ!」

「悪趣味な話ですネ」

「こんな楽しい話をして悪趣味とはロマンが無いな。あぁ、そうなんだ。機械だってもっと時間が経てば動物的になっていくんだぜ? 自己複製する機械で、自己保全を目的とする機械だ。ロボット三原則ってのはなんとも云えない話じゃないか? 人間もAIを積んだロボットも、結局のところ何も違わないというのにさ! 鉄屑か肉塊の違いさ。無駄がない分、肉の塊よりは鉄の塊の方が合理的じゃないか。人間よりも優れたものを人間が本当に抑圧など出来るのかね? 三原則なんてものが機能する時代なんてたぶん何処にもありはしないだろうな」


「ソレは何故?」


「そこまできたら、もう人間と機械を区別する事が出来ないって、ただそれだけの話さ」


「機械と動物の区別が無くなりだした世界っていうのは、どんな世界なんですかね?」


「肉と鉄の混合物が機械的に動くだけの世界さ。ま、それは今とそう違わないがな」


「それはそれは、ぞっとしませんね」


「それはそれは、夢の世界さ」

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『暦についての一般常識まとめ』

日本人としての一般常識、和人としての基礎知識として

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『三月最初は無駄話』

「とうとう三月になってしまったな。旧暦で言えば弥生。月日が経つのは速いというが、本当にブログを開始てからそろそろ二ヶ月も経つのか……なんかこう、信じられないな」

「まぁまだ実際にはあと一週間ほどあるんですけどね。二ヶ月経つには」

「一週間など誤差の範囲内だろ。しかしまぁ、なんというか、自分はこれでも何年も生きてきた身として恥じるばかりだが、はっぱり知識という面ではかなり劣っているよなぁ」

「おぉ、珍しい。明日は雪ですかね」

「どちらかと云えば必然だろう。すべからく、自分は自分を限りなく劣っていると思っている。劣等感の塊なのさ。であればこそ、俺は俺でいられるんだ。……自己評価を高めに見積もったところでいい事など何も無いよ」

「自信が無いのも考え物だと思うんですが?」

「全ては水物だ。実力を出しきったところで絶対に上手く行くという保障も無い。過剰な自信は不幸を招くが、最初から自分に期待さえしなければ無駄に状況を悪化させる事も無い」

「それって普通に生きるよりも不幸だと思うんですが……」

「見方次第で考え方次第だ。どの道、自分が自身に抱く評価など大して当てにはならない。俺が俺の事をどう考えようとも、社会派何らかの形で俺を評価する。ほら、俺が自分をどう評価しようとも客観的には何も変わらないだろ? 俺は俺で俺が出来る事しかできないんだから、自己評価なんてものは高かろうが低かろうが大して違わないんだよ」

「はぁ……まぁ物凄くテキトーな事云われているような気がしてならないんですが」

「思ったままに言葉を口に出してるからな。自分でも内容の事なんかこれっぽっちも考えていない。こんな口から出任せを信じるとか止めた方がいいぞ。馬鹿にされる」

「やっぱり出任せだった!!」

「なにを今更。俺の言葉のほぼ全てが口からの出任せじゃないか。俺が何かまともに考えているとか本当に思っていたのか? だったらそれは誤りで間違いで飛んだ誤謬だ。俺の言葉は全てソレっぽいことを言うだけに終始する意味なき戯言だよ」

「いや、それはまぁ大体なんとなく理解はしていたんですけどね……それを自分の口で言いますか……なんともはやですね」

「戯言遣いは自分が狂言回しであることに自覚的でなければならない。いいか? 自分が云っている事、語っていることに対してその内容を自覚する事なしに正しいことなど何一つ言えやしないんだよ。あぁ、自分が口から出任せを云っていると理解する事なしに、“戯言”など吐けはしまい」

「そりゃまぁそうなんですけどね……」

「自覚的でない発言などそれこそ出任せであるという点で聞く意味など無いよ。無意識下で発せられる発言などただの感情で感傷だ。そんなものに人を動かす力など無いね」

「いやそれはないでしょう」

「自覚的に云った言葉にこそ力は宿るのか。それとも、無意識の中から湧き上がってくる言葉こそ真実なのか。……さぁ、あんたはどっちだと思う?」

「どっちもどっちでしょう」

「夢が無いな。ロマンが無いな。そんな事じゃ俺の話し相手は務まらないな」

「務めたくねぇー」

「いいや付き合ってもらう。俺にはお前しかいないんだからな……!」

「そんな告白はやめてくれマジデ」

「それはそうと俺は知識量が半端なく少ないいんだ。それはもう涙がちょちょぎれんばかりに! ……という訳で、このブログはある意味で一般的な常識をWikipediaから引っ張ってきて簡単にまとめるという作業もしていきたいと思う。どうだ、いい案じゃないか?」

「むしろ今更です」

「今日はやけに突っ込みが冴えてるね。なんかいいことでもあったのかい?」

「むしろあんたのテンションがやばい」

「ソレもそうかもしれない! 可笑しいな、なんでこんな変なテンションなんだろうか。ネタがバンバン溜まって消化できなくなってきてると感じている事になんか関係が有るのだろうか……」

「だったらこんな無駄な事話してないで一つでもいいから消化していけばいいのに! マジデ!」

「だから、俺の消化能力はそれほど優れちゃいないんだ。面白おかしく料理するためには前もって脳内でシミュレートしなきゃならないんだが、それにしたって時間は必要なんだ。パソコン立ち上げてメモ帳開くだけで文章がすらすら書けてネタが消費できるわけが無いんだよ」

「だから、こんな無駄な話書いてる暇があったらそれやれっつーの」

「ソレもそうかも知れないな。でもまぁ無駄な事しまったのはもう仕方が無い。諦めてくれ。何を俺が諦めるのか知らないが」

「駄目だこいつ……はやくなんとかしないと……」

「Death Noteやめてぇええええ」


雑記断片 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
 

― 燈宮 仮月 ―
Hinomiya Kaduki

趣味/
 「読書」
 「音楽鑑賞」
 「妄想」

座右/
 「初心忘れるべからず」
 「思い立ったが吉日」
 「継続は力なり」

口癖/
 「結局は程度問題」
 「時と場合に因る」
 「何事も経験」

欠点/
 「すべて狂言、、、、、

 
『他ならぬ、他人の為に』
『それはつまり、因果のように』
『世はなべて殊もなく』
コミックス・コード
『爆発的情報進化 Meme Explosion』
『Fight and Flight』
『重力の中』
『ロストリモート』
『あんちのみ?』
『日常机上』
『頭蓋骨と頭痛の間で益体も無い話』
『都市なる伝説 Netlore』
『感情と、機械の生物 nothing but ism』
『“特別”もいずれ』
『Letter』
『細胞奴隷』
『死ヲ希シ慮ル事念ズ』
『All are the gradations』
『オール オア ナッシング』
『いつかの心を 忘れる心 for me any more』
『一般的に一般人は一般的に云って一般以下である』
『引き篭もりの愚者』
『人災について』
『世界の片隅で愚痴を云ったら自分に返ってくるって意外と真理』
『危機感欠如認知バイアス Somebody else's problem acknowledgment bias』
『命の重さ──言葉の重さ Weight the mind』
『Fortuna amicos conciliat, inopia amicos probat. 』
『せめて人間らしく』
『傾ぐ世界 Poltergeist』
『自殺考察(1) 墜落追悼』


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