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『Letter』



ああ



ああ




知っている



知っているんだ


僕が此処に居る理由を


君が側にいる訳を


ああ

そうなんだ



でも



忘れてしまうんだ



すぐに忘却してしまうんだ



優しさを


そのまなざしも


ずっと僕らをみてくれていたのに


きっと僕らを



忘れたことすらないのに


気付かないんだ



馬鹿だから



餓鬼だから


なのに彼らは


罪深かった僕らを




それでも許してしまうのだろう



それが


大人なのだ



ああ


だから



悲しいぐらいに

子供でしかない僕らは


たった一人じゃ


大人になれないんだ


僕が此処に居る理由を

君が側に居る訳を



独りがふたりに


二人が三人に



僕らが命を繋げたら



その瞬間から


僕らは大人になり始めるんだ


あなたをおそるおそる抱き上げよう


あなたの泣き声に右往左往しよう


あなたを連れて釣りにいこう


あなたの入学式にビデオを回そう


あなたが熱中する様を眺め続けよう


そしていつか


あなたが私達を抜き去っていこうとも


いつまでも見守り続けよう


いつまでも



いつか時々顔を見せくれれば


お土産の一つでも持ってきてくれれば


いつまでも元気で居てくれれば


それにまさる幸せはないのです



だから僕らは



大人にならなければいけない



だって


そうでなければ



僕らは本当に理解できないから


だから



だから



僕らは沢山のものを




あなたから貰いに行くよ








そしてそれを返すんだ






僕らの親に







母に感謝を








父に手紙を








僕らは







大人になりました、と






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妄想詩篇 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『細胞奴隷』


ついに堪え切れなくなり、俺は胃の中のものを吐き出した。


吐瀉物が地面に打ち付けられ、夜の路地裏にビタビタと不愉快な音が鳴り響く。

それでも尚俺は咳き込み、わずかに残ったカスさえも胃の中から排除しようとしている。
口の中は酸味と苦味とで訳が解らない事になっていた。それがまた嘔吐を誘う。

先ほどまで食していた食べ物がほぼ未消化のままコンクリートの上に撒き散らされている。
ご飯、肉、野菜……そして酒。

“気持ち悪い──”

そう考えた瞬間、そのときの感覚が思い出され、俺はまた吐き出した。
粘り気のある濁った黄色い液体が口から滴る。もはや空となった胃の中からこれ以上まだ何を吐き出そうというのか。
ふいに涙がにじみ、目頭から液体が零れた。

アルコールを摂取すれば感覚が鈍くなるという。
それはそうなのだろう。アルコールは中枢神経を麻痺させ反応や思考を鈍くさせる。アルコールの分解生成物であるアセトアルデヒドは毒物であり、頭痛や不快感を引き起こす結果的に神経を弱らせる。
だからこそ、酩酊してしまえばどうにかなるのではないかという期待をこめての飲酒だったのだが、残念ながら効果はなかったようだ。

どうやら俺は、アルコールの分解が存外に早いタイプらしい。

ALDH2(アセトアルデヒド脱水素酵素/アルデヒドデヒドロゲナーゼ)活性が強いというのはこの場合、僥倖であろうか、不幸な事なのであろうか。
酒に酔えないという事は、人間が持つ逃げ道の一つを奪われているようなものではないのか。
……いや、

あれはあれで美味しいとも思えたのだが──

今更ない道を悔やんでも仕方がない。

薄汚れた壁に手を付き、呼吸を整えた。
先ほどまでに吸っていた空気をすら吐き出す勢いで嘔吐を繰り返したお陰で、多少は楽になった気がする。
口の中に残った酸味を唾液と共に吐き捨てる。つぅ、と口から糸を引き、唾液の固まりは吐瀉物の中に落ちてまぎれ込んだ。

“気持ち悪い──”

手の甲で口の端をぬぐい、不快な汚れを落とす。
息はまだ荒いが生命の危険を感じるほどではない。
俺はなんとか動く脚で場所を少しずらすと、今さっき嘔吐を繰り返したところから少しだけ離れた場所にずるずると座り込んだ。
少しでもいいから休まないと、まともに動ける気がしないのだ。
しかし、どちらにせよいつまでも此処でえづいている訳にはいかないだろう。さっさと家に帰らなければならない。
ここいらの住人には申し訳ないが吐瀉物はそのままにするしかなさそうだ。

大きく息を吸い込むと、冷えた空気が喉を刺すようだった。

冬の夜(クリスマスイヴとか云う奴だ)に俺は一体何をやっているんだろうか。
誰か女が雪が降ればよかったのにねと云っていたのを思い出す。
積雪などこの数年ついぞ見たことがない。
不快感で充ちている今のこの体に寒さは感じられなかった。

“もし雪なんか降っていたら、このまま凍死しかねないな──”

そんなことばかりが思い浮かばれた。
あぁ、くそ。それもいいかなんて思い始めている俺がここにいる。

……この世の半分は、地獄で出来ている。

或いは、もう半分ですら、俺には苦痛でしかないのかも知れない。

そんな事を云ったら笑われるだろうか。
まるで安っぽい終末論者か。或いは悲観主義者か。
どうあれ馬鹿にされるのがオチなのだろう。

だから俺は、誰にもそんな事を言ったことがない。
云ったところで、大抵の奴は理解してくれまい。

だから俺は、『普通』でなければならなかったのだ。

『普通』を演じなければならないのだ。

死ぬまで『普通』である事をアピールしなければならないのだ。

あぁ、しかし、けれど、なればこそ……

“普通でない人間”がいつまでも“普通の人間”を演じられるわけがないのだ。
いつかかならず、ボロが出る。いつか絶対、無理が出る。

例えどれほど自分を騙そうとも、例えどれだけ他人を騙そうとも、あぁ、真実本当のところはつねにそこにあり続けるのだ。
心に嘘はつけないのなら──酒を飲んでも酔えないならば……吐き出すしかない。

ふいに胃が裏返り、空になっているはずの胃から“何か”がせり上がってくる感覚を覚えた。
反射的に背中を丸め口を押さえる。
しかし何も出てくるわけがなく、ただ喉が苦痛に震える音だけが唾液と共に吐き出されるだけだった。

その代わりに、ただ涙だけが溢れてきた。

悲しいわけではない。ただの生理的な反応に過ぎない。

鼻と繋がった涙腺に、上ってきた胃液が反応を促しているに過ぎない。

だがそれすらも、俺からすれば煩わしい事であるのだ。

お腹がすいたら飯を食い、
眠くなったら横になり、
便意を感じたら糞をする。

それらのあらゆる全て、この肉体という肉の塊が持つ、神経細胞が引き起こす化学反応が、欲望という名の生理学的反応が、とてもとてもおぞましいのだ。

俺は人間的な生き方のほぼ総てを否定しているのだろうか?
なればそれはそれで構わない。

“人間的な生など、殆ど全てが糞のようなものだ”

摂食行動などただのエネルギー補給に過ぎない。
それを飾り付ける意味が解らない。
美味しいものを食べたところで何の意味もないではないか。

睡眠など時間の無駄だ。
そんなものを必要とするこの肉体が疎ましい。

……あぁ、解っている。
こんな事を云ったって誰にも相手にされないだろう。
だったら死ねよ、という奴は云うだろう。

だが俺はまだ死にたくはないのだ。
どれほど不愉快に思おうとも、俺はこの肉体と付き合わなければ生きていけないのだ。

“俺”という存在を生み出すこの『脳』を生かす為に、これら不愉快なものと一緒に生きなければならない。

不愉快だと、口に出す事は悪い事か?
不愉快ならば死ねばいいと、消えれば云いと、そんなのは極論だ。

鈍感な奴は幸せだろうと思う。

それとも。

鈍感な方が幸せである事を神経細胞が知っているならば。

奴らはまさに、神経細胞の奴隷でしかない。
それは動物じゃないか、と俺は思う。

神経細胞が望むままに生きるという事は。
本当にそれは人間の生なのだろうか。

でなければ。

こんな風に考える俺の神経細胞のほうが、異常なのか。
細胞が持つ欲望を押さえ込むのは、生物としては間違っているのだろうが。

そんな得体の知れない、由来の知れない欲求などでこの精神を蝕みたくはないなどと。

……ッ

──思考がまとまらない。

頭を振りなんとか立ち上がる。
どれだけ嫌悪しようとも、俺はまだ人間としての欲求にある程度従わなければ生きていけない。
汚れを落とし空腹を充たし睡眠をとりたいと、これでも体は云い続けるのだ。

不愉快なほどに。

不愉快なまでに。

……胃の中が痛い。
歩く足取りもままならなず、フラフラと夜の道を進む。

内臓が握りつぶされるような感覚。
平衡感覚が狂ったような視界の中をのろのろと動いて行く。

す……と。

ふと、こんな夜遅く。
途中で女性とすれ違った。

香水だろうか、特異な刺激臭が鼻を突く。

綺麗な女性だったろう。客観的に見てそれは疑いないと思う。
しかしそれでも。

俺は思わず口を押さえ、吐きこんでいた。

あぁ、全く。

全く。どうして。


どうしてこんなにも“オンナというものは気持ちが悪い”のだろうか。


その乳房も陰唇も。見るに耐え難くグロテスクな器官なれば。

あぁ、その口も、肛門も、何をくわえ込み何を垂れ流すのか。

女が喘ぐ姿を見ただけでも怖気が走る。
男の陰茎を差し込まれた姿など醜悪そのものだ。

まるでエイリアンの交尾ではないか。

小さなエイリアンが地球外の物体Xと絡み合う……吐き気を催すような情景だ。

ゲラゲラと笑うような幻聴が聞こえる。
馬鹿にしたような男と女の顔がチカチカと目に映る。

訳のわからない声をあげ、訳のわからない奇矯に走る男女のマグワイが……。

どん、とガラスに体がぶつかった。
ズルズルと崩れ落ちそうになる体をなんとか支える。

そうだ。

自分は“性”そのものを忌避している。
あれほど気色の悪い部位も、行為も、人間の生のうちにもそうは無いだろう。

本当に。

意味が解らないのだ。

ペニスと、ヴァギナの、ある意味が。

それらを交えるという意味が。

性欲というものが。

訳のわからないAVが。

過激にして奇妙な性行為の数々が。

何故そんなにも人々に必要とされるのか。

それがあるという事が“普通”とされるのが。

あんなにも。

あんなにも、気持ちが悪くて、気持ちが悪くて、しょうがないものだというのに!

──細胞の奴隷は幸せだ。

海綿体の膨張に一喜一憂し、前立腺への刺激で快感を得る。

それは、“ただそれだけ事”にすぎないけれど。

過ぎないはずなのに──

「ぐ……」

胃がせり上がってくる。
内臓そのものすら吐き出せたならどんなにか楽になれるだろうか。

嫌なら見なきゃいいと人は言うだろうか。
陰茎を切り落としてしまえと云われるだろうか。

それができれば、苦労はしない。

普通でなければまともに生きていけないこの世界で。
そんな普通でないことを選択など出来はしない。

そんな決断を出来るほどには、俺は強くないのだから。

だから。

辛くなったら吐く位のことしか、俺には出来ない。

今も昔も。これからも。死ぬまで。永遠に。

「気持ち悪い……」

胃液をぬぐいながら、俺はきりがないほど呟き続けたその言葉を繰り返す。

──気持ち悪い

呪詛のように。

──気持ち悪い

延々と。


──本当に、気持ち悪いんだ。

魍魎ノ類 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『死ヲ希シ慮ル事念ズ』


死ぬ勇気はない。ただ、朝起きたら死んで居たらいいなと思っただけだ──


   ※


首が捻じ切れたところで、俺はこれが本当の“死”だと思った。

というのは勿論俺の勘違いでしかなく、気が付いたら俺はただベッドの上で喉をかきむしっている最中だった。
朦朧とした意識の中で寝返りを打つ。自分の首が何処にあるのか解らないまま手のひらを見た。
血は、付いていなかった。
ゆっくりと意識が覚醒をはじめ、自分の首が千切れてないことに今更ながら気が付いた。
子供のように背を丸め、目をきつく閉じる。深く深く息を吐き出し、四肢の健全を確かめる。
あぁ、とため息をついた。

俺はまだ、生きている。


   ◆


あれからすぐに顔を洗い朝食をとり、取る物もとりあえず家を後にした。
急ぐでもないが大学に早く行っても損はないだろう。だが、どちらかと云えばあのままあの部屋にいたくなかったというのが本当のところだ。
あそこに住み始めてから、本当に碌な事がない。
いつものように早足で商店街を抜けて行く。自転車は使っていない。
何のことはない。駐輪場の代金をケチっているだけだ。
案の定、商店街を抜けた先の駅前最後の信号機に捕まってしまう。ここだけは押しボタン式でどうしてもタイミングよく抜ける事ができない。
誰も押していないようだったので、仕方なく電信柱に備え付けられた押しボタンを押そうと足を踏み出した。

その瞬間。
爆音と共に自分の体が吹き飛ばされた。

長く長く滞空する。空の中に自分の足が見えた。
体が軽くなったような不思議な感じ。体の中が無重力になったような。
世界が上下左右になんどもぐるぐると回り、やっと最後に地面に叩きつけられた。
自分は何が起こったのかわからずに宙を見上げていた。
周りの人たちが何かを云っている。しかし脳みそから鳴り響く金属音が煩くてよく聞き取れない。
心臓の鼓動にあわせて全てがのたうっている。
大変なことが起きているという実感はない。ただ自分の体が不自由に感じる、ただそれだけだ。
周囲を確認しようと起き上がろうとするが、うまく立ち上がれない。
なにが悪くて立ち上がれないのか良く解らない。
そういえば、人間ってどうやってこの状態から立ち上がるんだっけ?
どうにか立ち上がり方を思い出そうとするが、どうやら忘れてしまったようだ。
しかたなく首だけ動かして周囲を確認する。首の動かし方はまだ忘れては居ないようだ。
視界が動き、空以外のものがやっと目に映った。
それは血だった。
それは実に奇妙に思われた。
血だまりというほどではないが、それは確かに体から流れた血のようにだった。存外、人の体から血は流れ出ないのだな、と無意味に思った。
しかし仰向けというのは本当によく周りを見難い。やってみれば解るが首だけを動かして回りを確認するのは至難のざわだ。
何故こんなにも大変なのか考えてすぐに答えにいきついた。上半身を捻っていないからだ。
どうやら本格的に体の動かし方を忘れてしまったらしい。
やれやれと思いながら反対側に首を回すと──そこにもまた異様なものが見えた。

断面だ。

人の体の断面。よく解らないが、たぶん、お腹の辺りの。
内臓が綺麗に見えるわけではない。それは無理やり引きちぎられた感じのもので、ただ赤と黒が混じった肉の塊だった。
流れ出たと思われる血は少なく、精精コップ2~3杯分ぐらいの量がアスファルトに撒かれている程度だった。
断面の向こう側に足がくっついている。あれはつまり、下半身だ。
では、あの下半身の持ち主である上半身はどこにいったのだろうか。
周りを探してみるが、どうにもそれらしい人物は見受けられなかった。
あの持ち主はどうなっただろうか。即死だろうか。のうのうと生きているとも思われないが。
……ふと気がつき、手を動かしてみる。どうやらまだ動くようだ。
俺はその右手を使い自分の体を触ってみた。
胸……心臓……臍……そこまではある。
しかし、其処から先がどうにも見つからなかった。
腎臓がある辺りの空間にはなんの手触りもなく、ただ右手は宙を撫でるだけだった。
確認しようにも自分の首はその辺りを見ることが出来ない。
ただ、どうやらあの下半身は自分のもので確定のようだ。あの足がつけている服は今朝自分が来た服に間違いがないのだから。
体を上手く動かせなかったのは足がなかったからか……と妙に納得した気分になった。
そうしてそれを理解しすると、だんだんと視界は赤く染まって、痛みが体中にしみこんできた。
それは痛みというよりはもはや形容しがたく。
理解不能な激痛が全身をすり潰していく。
そのあまりの酷さに声にもならない絶叫をあげ、俺は喉を振るわせた。


   ◆


気がつくと駅の改札の前に俺はいた。
きつく握られた右手には定期券が握りこまれ、全身から汗が噴出していた。
上手く声を出す事が出来そうにもなく、自分はそこで数分間ただ突っ立っていた。
気にするな。
気にするな。

いつもの事だ。

そうしてようやっと呼吸が整うと、自分はそのまま改札を抜け、駅のホームに踏み出した。
どこでも寝てしまう病気というものが在った気がする。
では、どこでも悪夢を見てしまう病気というものはあるのだろうか。
それともあれは妄想なのだろうか。白昼夢ではなく、酷くリアルな。
自分は狂っているのだろうか。
……いや、それはない。
俺には別に精神を病む理由などない。精神衛生は極めて良好。肉体的にも恵まれている方だと思う。
妄想や幻覚、幻聴の類を見た覚えもない。
それにしても酷い話だ。ここに越してきてから悪夢ばかり見るようになってしまった。
とりあえず未だ日常生活に支障はないので放置してあるが、流石に身が持たないかも知れない。
駅のホームにアナウンスが鳴り響く。
そしてそこで俺は一つのどうでもいい事に気が付いた。
ここは駅のホーム。そして俺は列の最前線。後ろには多くの人。今まさにホームに滑り込んでくる電車。

あぁ、来るな──そう思った刹那。

自分の背中が突き飛ばされるのを感じた。

嗚呼、全く。酷い悪夢だ。
それともこれだけは現実なのだろうか。
眼が覚めたら普通に電車に乗り込んでいる自分が居るのだろうか。
それとも。
今まさにバラバラに切断されたこの自分こそが、本物なのだろうか。

とりあえずどうでもいい事が一つだけある。
それは。
自分はまだ、死ぬ勇気はないという事だ。

どんなに悪夢が続いたとしても。
自分はまだ死にたくはないのだ。

だから、──いつか本当にそのまま死んで欲しいと思っている。


切実に、そう思っている。




魍魎ノ類 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『All are the gradations』

凡てはまた、階調に過ぎないのですよ──とは云われたものの。


(人形劇)


「それが、よくわからないの。だって、あなたとわたしはぜんぜん別物でしょう?」
「あなたも私も、一つの色調に過ぎないのです。グラデーションの中に位置づけられる一つの要素でしかありません。私とあなたに微小な差異はあっても、巨視的な意味での違いなど無いのです」
「その差異がじゅうようなんじゃないの? だってそれがあるからわたしとあなたはやっぱり別々になるんだもの。それがなかったらアップルパイとカレーを同じものだというのと同じじゃないかしら」
「アップルパイとカレーは同一です。私とあなたも同じ事ですよ」

ぜんぜんわからない。

「私とあなたのことを知らない人から見れば、私とあなたは区別できないのです。或いは、判別できないのです。その人からすれば、わたしのように見える人はあなたかも知れないし、あなたのように見える人は私かも知れません」
「……なんだから頭がこんがらがってきたわ」
「中身も外見も微小な差異によりその形質が決定されているに過ぎません。人にとってはそれが重大な違いに見えるのかもしれませんが、やはりそれはただの形状に過ぎないのです。意味なんかありません」
「人にとってその違いがじゅうようなら、やっぱりそれに意味はあるんじゃないの?」
「勿論、“ある”とする事は出来ます。そのように決定するという事が、生きるという事なのですから。でも、やはり“無い”とする事の方がより自然な選択なのです。それが普通です」
「ぜんぜん、ふつうに思えないけれど」
「それは、あなたが生きることにまだ固執しているからですよ」
「死にたくなれば、そういう風に思えるの?」
「自死への志向もまた生への渇望に過ぎません。巡り巡り生を肯定する考え方です。だから、それではまだ足りません」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「頭を空っぽにすればいいんです。そうすれば、意味なんか無くなりますよ」
「空っぽにして、どうするの?」
「意味なんかありませんよ。空っぽにするのですから。思考を無価値化し、自己を無意味に還元し、他者の区別をなくし、生きる意味をなくし、世界の意味をなくすのですから。意味の消失こそが目的なのです」
「それに意味なんかあるの──? って、聞くこと自体意味がないのかしら」
「意味はあります。一度全てを無意味に還元する事で見えてくる世界もあるのですから」
「それはつまりどういう?」
「それはつまり、無価値を理解するという事です。生も死も白も黒も光も闇も時間も空間も、心ですらただそこにある現象に過ぎないという事を理解する事です。永遠もオリジナルも独自の価値もそんなものは“無い”ことを知る事です」
「……それはとても、とても虚しいことじゃない?」
「真逆(まさか)」

そしてわたしの目の前にすわっていた彼女は、大きく口を歪ませて楽しそうにわらったのだ。

「これは総てを楽しむ為の思想なのですから、それはそれは、とても幸福な考え方なのです」


──それはそれは、とてもとても、幸福な考え方なのです。


妄想詩篇 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
『オール オア ナッシング』

「ふっっっっっっっっっざっけんなッ!!」

思わず投げつけたコントローラーが宙を舞う。
寸瞬の間を置いて入力デバイスは大きな音を立てて床に転がり落ちた。

「ノーダメとかマジありえねぇし! 人間じゃねぇーー!」

一通り思いつくような悪態が頭の中を駆け巡り、俺は肩で息をした。

「なんつー……」

しかしすぐにはと思い直して、コントローラーを拾いなおす。
ディスプレイ上に浮かんだ対戦ゲームの画面を覗き込むと、相手のキャラクターが今まさに勝ち口上を言っている最中で止まっていた。

「なんだよこいつ──完全にレイパーじゃん……」

相手のキャラは決して性能的には強い方ではない……というかむしろ弱キャラとされる部類の奴だ。
片や自分の方は多少優遇されているといってもいいような──要するに強キャラなのだが……いや、上手い奴が使えばどんなキャラだって強いは強いのだ。

問題はキャラ性能ではなく、相手の桁違いの強さだった。

俺はそれでもそこそこ腕には自信があり、まぁ人間辞めた連中よりは弱いのだが、そこそこ上級者相手にも戦える自負はあったのだ。
立ち回りもそこそこ。相手に合わせて戦略を変えることも出来る。勿論、コンボ精度はほぼ100%。ミスも少ない方だと思う。

だが、今先ほど戦った相手はそんな次元を軽く超えていた。

「結局ダメージ与えられたの初戦の1Rだけかよ──」

これはもう本当に人間を辞めているとしか思えない。
読みの深さが尋常じゃない……というか、完全に相手の動きを読んでいるとしか思えない。

こちらの動きを見た瞬間に、それに応じた行動を瞬時に行っている──感じ。

言葉で言うのは簡単だが、これほど実現が難しい事もない。
当然、硬直が長い技などとなれば反応できる人はそれなりに居るのだが、そうでないなら話は別だ。
1F(フレーム)つまり、1/60秒の差で攻撃の可否が決まるゲームでノーダメージを実現するのは相当な技術と経験が必要である。

ましてやそれを2戦の2R共に続けて達成するなど人間の技ではない。

「最後は完全に虐殺だったな……」

最終試合はもはやこちらが攻撃を振る余裕すらなく、ただひたすらに相手の攻撃をかわししのぎそれでも最後には殴られるしか道は残されていなかった。

「つーかどんだけこっちの動き予想できてんだよ! 暴れとか反撃が全部潰されるとかありえねーから!」

格闘ゲームはその進化の性質上、ハメ技は存在せず、常にこちらが不利な、つまり相手が有利になる場合が多々あるように設計されている。
そうする事で一進一退の攻防や、攻撃を回避しての反撃などが行えるようになっているのだ。

しかし今回の相手はそれらを全て拒否してきた。
正確に言えば、こちらが優位Fを見逃さずに回避や反撃に転じようとしたところを、それを見透かしたようにこちらの動きに合わせて直前行動を変えてくるのだ。

「もはや上級者ってレベルじゃネーだろ……どうしてこんなところに居るんだよ。──まぁレイパーに違いないんだけどさ」

下級者相手にここまで出来ればさぞ気持ちがいいもんだろうよと思う。
なんせパーフェクトゲームである。

そして俺は本気でムカついていた。
なんせパーフェクトゲームなのだ。

この行き場のない怒りをどうしてくれよう。
名前を晒してやろうかと思いつつ相手のプレイヤー名を見たところ、

「HAL……9000?」

変な名前だなと思いつつスタートボタンを押したが、唐突に相手との回線が切られた。

そういや3戦だけって話だったか。

煮え切らない何かを感じたまま掲示板を立ち上げ、相手の名前を晒そうとしてふと手を止めた。

「なんか……かっこ悪いな」

曲がりなりにもそこそこ上級者である俺がボコボコにレイプされましたなんていうのは、如何にもダサいではないか。
しかも俺の名前はスレ内でもそこそこ知られている。
下手な事を云ってしまえば、ちょっとボコられたぐらいでレイプされたとか云う、自称上級者(笑)なんて云われかねないのではないか?

そう思うと相手のネームを晒すのもなんか馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。

納得いかないのは確かだが初心者や中級者でなしに、強い奴にぶち当たってぶち殺されるのも仕方のないことではないのか。
腕っ節が強い事を自負するならレイプまがいのことをされても仕方がないという事なのだろう。

という訳で俺はそのまま掲示板に、対戦ありがとう御座いました、と書き込んで回線をいったん遮断した。

「よいしょっと……」

そしてそのまま返す刀で初心者スレに移動し、対戦募集の書き込みをする。

ユーザーネームを書き換えるとすぐに対戦相手が見つかり、そのままキャラセレクト画面に移動した。

上級者を名乗る以上、レイプされた事はショウガナイ。水に流そう。
だが、この怒りは解消しなければならない。
ゲームで受けた怒りはその場のゲームで発散するべきだ。

つまり、今度は俺がレイプする番だ。

これがゲームであり対戦である以上、ある程度の礼儀は必要である。
意味もなくゲーム初心者をボコボコにするなんてのは決して褒められるような行為じゃないだろう。

だがそんな事は知った事じゃない。

対戦ゲームは基本的に

“勝たなきゃ面白くない”んだからな。

相手とギリギリの勝負をするから楽しいというのは本当だが。

相手を圧倒して勝つという快楽も、間違いなくここにはあるのだ。

魍魎ノ類 / COMMENT:0 / TRACKBACK:0
 

― 燈宮 仮月 ―
Hinomiya Kaduki

趣味/
 「読書」
 「音楽鑑賞」
 「妄想」

座右/
 「初心忘れるべからず」
 「思い立ったが吉日」
 「継続は力なり」

口癖/
 「結局は程度問題」
 「時と場合に因る」
 「何事も経験」

欠点/
 「すべて狂言、、、、、

 
『他ならぬ、他人の為に』
『それはつまり、因果のように』
『世はなべて殊もなく』
コミックス・コード
『爆発的情報進化 Meme Explosion』
『Fight and Flight』
『重力の中』
『ロストリモート』
『あんちのみ?』
『日常机上』
『頭蓋骨と頭痛の間で益体も無い話』
『都市なる伝説 Netlore』
『感情と、機械の生物 nothing but ism』
『“特別”もいずれ』
『Letter』
『細胞奴隷』
『死ヲ希シ慮ル事念ズ』
『All are the gradations』
『オール オア ナッシング』
『いつかの心を 忘れる心 for me any more』
『一般的に一般人は一般的に云って一般以下である』
『引き篭もりの愚者』
『人災について』
『世界の片隅で愚痴を云ったら自分に返ってくるって意外と真理』
『危機感欠如認知バイアス Somebody else's problem acknowledgment bias』
『命の重さ──言葉の重さ Weight the mind』
『Fortuna amicos conciliat, inopia amicos probat. 』
『せめて人間らしく』
『傾ぐ世界 Poltergeist』
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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
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