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『危機感欠如認知バイアス Somebody else's problem acknowledgment bias』

「何か食べるかい?」

ソファにもたれかかりながら本を読んでいるとそんな声が後ろから飛んできた。
私は本から目を離して首をそのまま後ろに倒した。

「何か作ってくれるんですか?」
「折角だからね。一人分作るよりも二人分の方が楽だし」

そう云って先輩は冷蔵庫のドアを開けた。中身を見た彼はうーんと唸っている。

「食材あんまりないなぁ──あ、ひき肉が冷凍してあるじゃん。じゃあこれでなんか作るか」

そうして暫くするとレンジが稼動する音が聞こえだした。

「何作ってくれるんですかー?」
「んーー? 玉ねぎとかあるしハンバーグでもと思ってるんだけどね」
「いいですねぇハンバーグ。ジューシーな肉汁がこうじゅわっと……」
「──こう云うのはなんだが男の手料理にあんまり期待はするなよ」
「しませんよ」
「そりゃあよかった。変に高望みされても困るからね」

そう云うと調理場のほうからバリバリと玉ねぎをむく音が聞こえてきた。

「そう云えば実験の方は大丈夫なのかい?」
「私の方はまだあと数時間はただインキュベータで培養させるだけですよ。そういうそっちはどうなんですか?」
「俺はただ結果を纏めてるだけでね。エクセル三昧さ」

玉ねぎをみじん切りにする音が響く。存外に手際は良いようだ。
レンジが音を立て、ひき肉の解凍を注げる。

「暇ならちょっと手伝ってくれないかい? ひき肉をそのボウルにあけてくれ」
「…………ま、別にそのぐらいなら良いんですけどね」

私は立ち上がって彼の居る調理場に向かう。あくびをかみ殺しながらレンジをあけ中のラップに包まれたひき肉を取り出す。
ボーっとした頭でそれをボウルに放り込むと、ふとそこで変な違和感を感じた。
ボウルの中に放り込んだ肉をよーく観察してみる。

「あの……すみません」
「ん、なんだい?」
「この肉──」

自分の目に映っているものが正しければ……

「腐ってません?」

普通なら発色は悪くても肉は肉。基本的には赤いもののはずだ。
だが目の前のひき肉はどう見ても……茶色を通り越して灰色が混じっている。

心なしか変な匂いもする。

えーっとつまりこれは──

「……これでハンバーグを作ろうというんですか?」
「──その通りだが?」

そう云って怪訝な顔をする先輩。

「こッ……」

私はそのまま両腕を大きく振り上げた。

「こんなもん人に食わすなぁあああああ!!!」

人間は本当に切れたらちゃぶ台をひっくり返せるらしい。親父の気持ちが解った気がする。

「半分腐った肉で作ったものを人に食わせようとするとかどんだけ無神経なんですかあなたは!」
「大丈夫だ、このぐらいじゃ何も起こらないよ」
「よくねーー!! こんなん普通の飲食店でやったら賠償問題の後盛大につぶれますよ!」
「別に俺は金を取って喰わせようとしてるんじゃない。故にモーマンタイだ」
「ただでも食わせるな!!」
「喰えるだけでも神様に感謝しないとな」
「この飽食の時代になにをほざきますか!」
「世の中には喰いたくても食えない人間が……」
「うわーうぜー好き嫌いの多い子供を説教する方便がこんなにもうざく聞こえるー!」
「わがままの多い奴だ」
「腐ったもんはNo Thank youだよ誰でも!」

私がひとしきり絶叫したのを見届けると彼は油をいれ熱したフライパンにみじん切りの玉ねぎを放り込んだ。

「そうか喰わないのか──じゃあ自分で食うものは自分で用意してくれ」
「そうさせて頂きます先輩」

そう云って私は台所の片隅をあさってカップラーメンを見つけ出した。
腐った肉で作られたハンバーグよりは100倍ましである。いや、1000倍。

先輩は軽く炒めた玉ねぎを皿に取り出し余熱を取り始めた。その間にひき肉をスプーンでグリグリとかき混ぜ始める。

「っていうか本当に食べるんですか? その肉」
「そのつもりだけど」

私はポットに水を入れながら大きくため息をついた。

「どうみてもその腐り掛けのひき肉はやばいですよ──だって変色して異臭まで放ってるじゃないですか。ダブル役満ですよ。死んじゃいますよ」
「んーーー……大丈夫じゃね? この程度じゃ死なないって。悪くて腹壊すぐらいだ」
「あぁ、腹壊すかもとは思ってるんだ」
「鋼鉄の胃袋は持ってないからなぁ残念ながら」

そうぼやきながら彼はひき肉に手早く調味料を混ぜていった。塩コショウに醤油、軽くサラダ油。
それでも美味しそうに見えないあたり、本気で腐ってやがる。

「っていうか食中毒は不味いですって、マジデ。今の時期ピークは過ぎたといってもまだO-157とかは怖いですしね」
「大丈夫。流石に今回はミディアムレアにはしないさ。中まできちんと火は通すよ」
「いやそれでもですね……」

私の言葉を半分に聴きながら彼は熱の取れた玉ねぎを入れた後、卵、そしてパン粉をひき肉に混ぜて行く。

「どうみても半分腐りかけですよね? こうなってくると怖いのは食中毒菌だけじゃなくて、腐敗菌が吐き出した毒素でもあってですね」
「まぁ確かにそれはあるな」
「解ってるならどうしてそんな余裕なんですか……」
「火を通せばなんでも喰える」
「あなたは消し炭でも食べる気なんですか?」
「何を云う。そんな発がん性物質、腐った食べ物より危険じゃないか」
「腐った食べ物も十二分に危険だよ馬鹿!!」

私の叫びも虚しく彼はひき肉をドンドンと成型していく。
小麦粉を表面につける作業も怠らない。

腐敗と食中毒は厳密には異なるのだが、兎に角見た目に危険信号が出ているのにそれでも喰おうとしているコイツの気が知れない。(※1)

「あなた見てるとなんだかうちの親父思い出しますよ……腐りかけが美味いんだとかほざいて明らかにやばそうなのポンポン食べるんです。止める人間の気にもなってくださいよ」
「腐りかけが美味いのは本当だろう?」
「そんなのは俗説ですよ。正確に言えば認識がずれてます」
「細菌が肉のたんぱく質などを分解する事で旨み成分であるアミノ酸を生み出したり肉を柔らかくしたりってのが?」
「ついでに酸味成分でもある乳酸や腐敗アミンなども生み出し、その過程で腐敗臭である硫化水素やアンモニアも発生しますよ。第一どんな菌がその中で増殖してるのかも知れないのに、よくそんな腐りかけのものなんか食べられますよね」
「冷凍していた肉だからタブン恐らく、この中で増殖しているのは世間一般で言われるような食中毒菌じゃないと思うよ。極低温、氷の中でも活動できる細菌は限られているからね」
「極低温でも微増殖できる食中毒菌は居ますよ……だからなんなんですか全く」

それでも彼は手を止めることなく新しく用意したフライパンを火に掛け始める。

「あれですか? 自分だけは大丈夫とかそういう理屈ですか?」
「うん? ──うーん、自分だけは大丈夫…………なるほど、ね」
「?」

彼はなにやら思案げな顔をした後、むっすりと黙り込んでしまった。
それでもその手は止まらずにどんどんと腐り肉団子を手早く焼き始めてしまう。
本当に食べる気なのだろうか──だんだん本当に心配になってきた。

そうこうしている間にポットのお湯が沸いたようだ。
私は不安になりながらも自分のカップラーメンの用意をし、ソファの前に戻る。

あの危機意識の欠如というのはなかなか度し難い気がする。
自分だけは大丈夫、という認識は結局のところ、それがなんの意味もない錯覚であることを如実に語る。

誰一人特別な人間はおらず、ただ突然のアクシデントで、人は死んで行くのだ。

まさかこの自分が、という意識を抱きながら。現実とは常にそういうものである。
それを本当に理解しているのだろうか……?

そんな事を悶々と考えているといつの間にか先輩が大量のハンバーグを皿に乗せて目の前にやってきた。

「なんだ、まだ喰ってなかったのか。麺が延び延びになるだろう」
「あ……やっちゃった」

つい考え事すると没頭する癖が出てしまった。蓋を開けるのが怖いぐらい時間が経ってしまった気がする。

「あれかい? カップラーメンは20分ぐらい放置して食べるのが好きなのかい?」
「そんな人間が居たら見てみたいですね」

私は諦めてカップラーメンの蓋を開ける。案の定、殆ど汁が残っていない。
腐った肉よりはましだがこれも大分わびしい感じがするのは何故だろう……

「それはそうとハンバーグはどうなんですか?」
「ん……? んー……普通」

そう云って彼はハンバーグを黙々と口に運ぶ。

「普通って……大丈夫っぽいですか?」
「ワカランが──可もなく不可も無くだな」
「って云うかハンバーグだけ食べるんですか?」
「ご飯を食べていたら全部食べられないだろう流石にこの量は……」
「ラップでもして冷蔵しておけば良いじゃないですか」
「そんな事してこんなもん他の人が間違って喰ったら一大事だろ常識的に考えて」
「あぁそれはそうですね……って! それをあなたは私に食べさせようとしたんじゃないですか!」

すると彼は一つため息をついてこう答えた。

「俺の目の前で食うのは構わないが、俺が目を離した隙にこれを食われるのは流石に寝覚めが悪いからな。知らないで食ったやつにも申し訳ないし」
「理屈になってねー!」

またもやちゃぶ台をひっくり返しそうになる私。
おちつけーおつくんだー

「本当に大丈夫ですか? 腹痛になったら云って下さいね。救急車ぐらいは呼んであげるんで」
「それはありがたいね」

そう云って彼はハンバーグを口の中に放り込んだ。

「それはそうとさっきの話だが」
「? 何の話ですか?」
「だから『自分だけは大丈夫』的な認識の話さ。おれ自身ね、実際そんな感じはするのさ。こんな腐った肉で作ったハンバーグを食ってる最中ですら、特に問題は無いだろうという感覚でね。なんとも不思議なものだ。云われてみるとこれはかなり、“異常”だな」

あぁ、一応異常だとは思うんですね……なんか変な感じですが。

「腐敗に対する危険性や食中毒菌のやばさはおれ自身、十分に認識はしているのさ。それでもどうしてだろう、全く怖くないんだ。この危機感の無さ、危機意識の欠如は、なんとも云えず心持の悪いものだな。違和感だ。全く危険性を認識していない自分の心が“気持ち悪い”」
「はぁ……それはどいしてなんででしょうね?」
「さて、どうしてだろうと思う? お前はどう思う?」
「え、私ですか?……」

いきなり回答を要求されて窮する私。

「といっても、あなたの心理状態なんか知りませんよ──解るわけ無いでしょう?」
「何を言ってるんだ。こんなのは俺に特異な心理現象じゃないだろう。人間誰しもが持つ感覚だよ。人は常にね、正常な危機意識というものを持たないものだ。解るか? 誰でも大抵の場合、“自分だけは特別だ”なんて、そんな妄想の中で生きているものさ」
「そんなもんですか?」
「そんなものさ。正常で客観的な現状把握を定量的に認識できている人間などいやしないね。それはまさに、現実的な人間像じゃない。人はいつでも、思い込みの中で生きている」
「はぁ……で、じゃあだからなんなんですか?」
「この危機意識の無さを、説明しろっていってるだけさ」

話が回りくどい。

「なるほどね……えーっと、じゃあ──つまり、あれですよ。平和ボケ」
「俺は今この日本の状況は非常にヤバイと思ってるんだけどな。平和ボケとはとてもじゃないが云えない精神状態だ。誰がこんな日本にした!」
「あぁそうなんですか……じゃあそうですね──意識が乖離してるんじゃないですか?」
「俺は精神病を患ってねー」
「他人事なのかも?」
「他人がこのハンバーグを食べても別に心配しネーけどな」
「いや流石に心配してあげて」
「他にはなんかないのか?」

私はそこで少し真面目に考えてみる。

「う……じゃあそうですね……そんな風に危機を感じたら常に回避している、なんて生き方をしていたら人間はまともに生きていけないからじゃないですか? 食い物の安全性が常に確保されているわけでは在りませんし、どこかでそうやって危機感を感じないようにしないと“生物的に生きていけない”んですよ。だから、危機感をなくしているんです──その脳が」
「ほう、なるほど。良い線いってるな。……だが、それも少し違う。そんな回りくどい話じゃあないんだよ。ワカランか?」

そうこう云いつつも食の手を緩めない彼。ただ単に神経が図太いだけなんじゃないだろうか。

「えーっと、じゃああれですねきっと……経験則的に大丈夫だって解ってるんですよ、たぶん」
「ほう──経験則で安全だと認識しているからこうやって喰えるのかと。ナルホドね……だが少し違うな。俺はそれほど腐った肉を調理するという経験はした事がないよ。故に、“経験則的に安全である事を知っている”訳ではないんだ。そもそも、そんな経験は当てにならないだろうよ」
「う……じゃあなんなんですか?」
「ふん──そこまで云えば正解もすぐ其処なのにな。──つまりさ」

彼はそう云ってハンバーグを突き刺したフォークをこちらに向けた。

「“逆”なんだよ、“逆”」
「…………ぎゃく?」
「そう、逆。真逆」

そう云ってフォークを口に運び、ハンバーグを食べる彼。

「経験則で安全である事を知っているんじゃない。“危険である事を経験則的に知らないから”だよ。それなら総ての理屈が説明できる」
「はぁ──そう違わないと思うんですが」
「そうか? これは大きな違いだよ。そもそも安全である事を経験則で知っているからといって、それが絶対安全であるという保障にはならないんだよ。そんな経験則は思い込みだ。だが、危険である事を経験則で知らないというのは違う。本当に危険であることを知らないから、人は危険な事でも出来るんだ。こんな風に、“腐った肉を食べる事もできる”」
「うぐ……」

あの半分腐ったひき肉の映像が頭をよぎる。

「なるほど、それなら総ての説明がつく。危機意識が低いのは、経験が無いからだ。危機感の欠如は、危険である事を本当に認識しては居ないからさ。おれ自身、実際に食中毒にはなった事がなくてね。そんなことが本当に起こる等と、全く考えてもいはしないのだろうよ。……その危険性を具体的に知っては居てもね」

そう云ってまた一口、肉を食らう。

「生物はそもそも、“危機感”などという認識的神経機構は持ってないよ。彼らは常に本能と経験則によってのみ動く。事前に起こりうる危機というものを想定する事はない。彼らが物事を忌避する場合、それは危機感による行動ではなく、ただ本能的にそれが危険であることを知っているからに他ならない」
「でもじゃあ人間はどうして危機感という概念を作り出したんですか?」
「それは人間が意識を持っているからさ。或いは“恐怖”か。この複雑で高度な社会の中にあって、危険は山ほどある。さて、致命的な失敗を犯す前に人間は危機感を持たなければ生きていけない。……だがね、危機感というものを完全にコントロールするのは至難の業なんだよ」
「はぁ──それは何故?」
「簡単な事だ。人間はヒューリスティクスな思考によって判断するものだからさ。簡略化した思考の中で簡略化した危険性を感じ取るに過ぎない。要するにさ。大抵の判断は極端に振り切れるものなんだよ。安全であるか、危険であるか、その両極端にしかならないんだ。リスクマネージメントってのは、ある意味で人間の心理を本当に理解してなけりゃ出来ない芸当だよな」

彼はそして半分ぐらい肉を残したまま、フォークとナイフを皿に置いた。
なにをするのかと思うと彼は台所に行って、すぐに戻ってきた。麦茶の入った容器とコップを持って。

「ときに、リスク認知って知ってるか?」
「リスク認知って……あの能動的か受動的かとかの? 飛行機事故を怖がるのは馬鹿馬鹿しいとかいう」
「ま、その通りさ。リスク認知ってのは要するに、『不確実な事象に対する主観的確率や損失の大きさの推定,不安や恐怖,楽観,便益,受け入れ可能性などの統合された認識の事である。それは,人に共通する情報処理能力の限界と,知識や価値観,性格などの個人差に依拠している』という訳だ。
人間はリスクを過大、あるいは過小評価をするものだ。殺人を不必要に怖がるのは過大評価。癌になるとは思いもしないのは過小評価。リスク認知と現実にはかのように乖離現象が存在する」

彼は麦茶を一気飲みするとカハーっと息を吐き出した。
やはりこいつは神経が図太いうんだと思う。

「細かく説明するのは省くが、兎に角人間の心理ってのは一筋縄じゃいかなくてね。情報量や知識、主観的確率推定、リスクコントロール、利用可能性ヒューリスティック、どれくらい有名か代表的なものに囚われもするし、直感だけに頼ったりする。確率の過大評価や過小評価も起きる。ほら、こんなにも人間の思考ってのは複雑で“単純”だ。リスクを正しく認識するってのは、もはや不可能だな」
「そんなに……不可能ですか?」
「原理的に無理だな。馬鹿なんだよ。人間ってのはね。実に、複雑な心理過程を経るくせに、嗚呼なんてことだろう、こいつらはみんな馬鹿ばかりさ。知っていようが知っていまいが関係ない。人間はどうしようもなく事実実際の危険性を知ることは出来ない。こんな人間が持つ“危機感”など、何の意味があるというのさ。そんなのはどちらにせよ妄想さ」

彼はそしてまたハンバーグを黙々と食べ始める。

「……いずれにせよリスク認知というものは簡単に説明できる。いや、簡単な理屈に還元できる、だな。それはね、“インパクト”だよ」
「インパクト……ですか──?」
「それを良く知っているならばそのインパクトは少ない。自動車事故に対するリスク認知がこれ。
それがより衝撃的な結果を生み出すならそのインパクトは高い。殺人や飛行機事故の過大評価。
未知のものはインパクトが大きいが、なじみのものはインパクトが少ない。新型インフルエンザが良い例。
自分から自分の為に行う行為はインパクトが少ない。喫煙や登山など。
テレビで頻繁に流され恐怖を煽る場合はインパクトが強いが、普段から情報を垂れ流しにされる事でインパクトは低減して行く場合もある。新規の病気や既存の病気。
高い確率はインパクトが大きいが、それが既知のものならインパクトは減少する。心臓病など。
低確率でも不安や恐怖が大きいものはインパクトが特に強い。殺人などの犯罪、未成年者略取や医療事故。etc....
リスク認知は過大評価と過小評価のオンパレードだ。人間はかのように、極端に判断するものだ」
「はぁ……」

なるほど確かに。
そう云われてみれば云っている事は良く解る。リスク認知とは云うほど、現実に即した認識ではないという事だ。

「認識はバイアスだらけで理解はヒューリスティクスだらけだ。こんな人間がほら、腐った肉を食うことに対する危険性を正しく認識できないのは実に普通の事だ。俺はこのことに対し、インパクトをなんら感じない。故にリスクは低いと判断する」
「実に危険な思考ですね」
「無駄極まりないな。正しくリスク判断できない人間はそのまま死んでしまえば良いのだ」
「あなたもですか?」
「はん……」

彼は馬鹿にしたように息を吐き出し、

「この程度のリスク認知は過小評価でも何の問題も無いさ。だがね、人々の生活に関わる大事なところで無駄に過大評価することや過小評価するのは、──それはとても見過ごせない欺瞞だよ」

そう云って彼は麦茶をあおり、コップを机にたたきつけた。

「忌々しい。大した危険性も無いのに恐怖を煽るマスコミも、今すぐ其処にまで迫った危機を見過ごす連中も、どいつもこいつも糞食らえだ。リスク認知もまともに出来ない奴ら、実に不愉快だな。混乱をもたらすのはいつだって無知なる者共だ。社会を巻き込んで、実に下らないな。一遍死んでくれ」

……どうやら日本の社会を憂いているというのは本当らしい──が。

「とりあえず落ち着いてくださいよ──私に当たられても困りますってば」
「あぁ全く……何が知的生物だ。こんな単純な認識も出来ないくせにえばり散らすなというのだ。リスクの過大評価も、過小評価も、実に無駄だ。殺人が、通り魔殺人が起きたからなんだというのさ。そんなのは確率の問題に過ぎない。騒ぐ理由が全く“わからない”」
「いや通り魔殺人は問題でしょうよ……」
「その事件自体は問題だがね。だがそれとこれは全く関係が無い。歩行者天国を廃止して、はてだからなんだというのだろう? 馬鹿じゃないか? そんな大騒ぎは全くの無意味だよ」

腐った肉に分解されたアルコールでも含まれていたんじゃないだろうか──本気でそんな気がしてきた。

「新型だかなんだか知らないが──……」

──

彼はふとそこで黙りこくってしまった。

「…………が? なんです?」
「腹が────痛い…………気がする」

ちょっとトイレに行ってくる──そう云ってふらふらと部屋の外に出て行った。
呆然としながらその後姿を眺める自分。

「…………ちょ、マジッスカ──」

そして喰いかけのハンバーグに視線を戻す。
確かに。彼のいう事はもっともだ。

リスク認知を正しく行える人間というモノはそうそういないのかも知れない。

問題は、結局人間というモノはリスクなどを全て簡略的に認識する以外に思考する方法がないという事なのだ。
受け取り方は所詮、主観であり、大抵の場合、さまざまなものによってバイアスが掛かる。

危険性の認識は経験則で決まり、感覚的なインパクトで決定する。

人間が大抵の場合、危機感なく行動するのは何も考えていないか、何も知らないか、あるいは何も感じていないかだ。

人間が過剰に危機感を感じる場合、それは過剰に評価しているか、無駄に関心があるからか、或いは恐怖が勝っているからだ。

あなたが死ぬ危険性を、あなたは定量することが出来ない。

それは数値化不可能で、故に感覚に頼るしかなく、その所為で過小評価か、或いは過大評価してしまう。

あなたのその感覚は正しい判断をもたらしているか?

それを考えた事はあるか?

無ければ、考えた方が良いだろう。


あなたのその感覚は、──“嘘をついているぞ”




※1:食中毒と腐敗の分類。http://www.h7.dion.ne.jp/~ramu4/hanasi/syoku/jo.html

※2:腐った肉を食う場合は気をつけましょう。というかやめましょう。著者は特に問題ありませんでしたが。

※3:あなたは自分の感覚が嘘をついているという事を理解できるか否か? 理解できる、或いは出来ないというならば、それが何故なのか説明できるか? それが今回の命題である。

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― 燈宮 仮月 ―
Hinomiya Kaduki

趣味/
 「読書」
 「音楽鑑賞」
 「妄想」

座右/
 「初心忘れるべからず」
 「思い立ったが吉日」
 「継続は力なり」

口癖/
 「結局は程度問題」
 「時と場合に因る」
 「何事も経験」

欠点/
 「すべて狂言、、、、、

 
『他ならぬ、他人の為に』
『それはつまり、因果のように』
『世はなべて殊もなく』
コミックス・コード
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『Fight and Flight』
『重力の中』
『ロストリモート』
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『日常机上』
『頭蓋骨と頭痛の間で益体も無い話』
『都市なる伝説 Netlore』
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『いつかの心を 忘れる心 for me any more』
『一般的に一般人は一般的に云って一般以下である』
『引き篭もりの愚者』
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『世界の片隅で愚痴を云ったら自分に返ってくるって意外と真理』
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