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『細胞奴隷』


ついに堪え切れなくなり、俺は胃の中のものを吐き出した。


吐瀉物が地面に打ち付けられ、夜の路地裏にビタビタと不愉快な音が鳴り響く。

それでも尚俺は咳き込み、わずかに残ったカスさえも胃の中から排除しようとしている。
口の中は酸味と苦味とで訳が解らない事になっていた。それがまた嘔吐を誘う。

先ほどまで食していた食べ物がほぼ未消化のままコンクリートの上に撒き散らされている。
ご飯、肉、野菜……そして酒。

“気持ち悪い──”

そう考えた瞬間、そのときの感覚が思い出され、俺はまた吐き出した。
粘り気のある濁った黄色い液体が口から滴る。もはや空となった胃の中からこれ以上まだ何を吐き出そうというのか。
ふいに涙がにじみ、目頭から液体が零れた。

アルコールを摂取すれば感覚が鈍くなるという。
それはそうなのだろう。アルコールは中枢神経を麻痺させ反応や思考を鈍くさせる。アルコールの分解生成物であるアセトアルデヒドは毒物であり、頭痛や不快感を引き起こす結果的に神経を弱らせる。
だからこそ、酩酊してしまえばどうにかなるのではないかという期待をこめての飲酒だったのだが、残念ながら効果はなかったようだ。

どうやら俺は、アルコールの分解が存外に早いタイプらしい。

ALDH2(アセトアルデヒド脱水素酵素/アルデヒドデヒドロゲナーゼ)活性が強いというのはこの場合、僥倖であろうか、不幸な事なのであろうか。
酒に酔えないという事は、人間が持つ逃げ道の一つを奪われているようなものではないのか。
……いや、

あれはあれで美味しいとも思えたのだが──

今更ない道を悔やんでも仕方がない。

薄汚れた壁に手を付き、呼吸を整えた。
先ほどまでに吸っていた空気をすら吐き出す勢いで嘔吐を繰り返したお陰で、多少は楽になった気がする。
口の中に残った酸味を唾液と共に吐き捨てる。つぅ、と口から糸を引き、唾液の固まりは吐瀉物の中に落ちてまぎれ込んだ。

“気持ち悪い──”

手の甲で口の端をぬぐい、不快な汚れを落とす。
息はまだ荒いが生命の危険を感じるほどではない。
俺はなんとか動く脚で場所を少しずらすと、今さっき嘔吐を繰り返したところから少しだけ離れた場所にずるずると座り込んだ。
少しでもいいから休まないと、まともに動ける気がしないのだ。
しかし、どちらにせよいつまでも此処でえづいている訳にはいかないだろう。さっさと家に帰らなければならない。
ここいらの住人には申し訳ないが吐瀉物はそのままにするしかなさそうだ。

大きく息を吸い込むと、冷えた空気が喉を刺すようだった。

冬の夜(クリスマスイヴとか云う奴だ)に俺は一体何をやっているんだろうか。
誰か女が雪が降ればよかったのにねと云っていたのを思い出す。
積雪などこの数年ついぞ見たことがない。
不快感で充ちている今のこの体に寒さは感じられなかった。

“もし雪なんか降っていたら、このまま凍死しかねないな──”

そんなことばかりが思い浮かばれた。
あぁ、くそ。それもいいかなんて思い始めている俺がここにいる。

……この世の半分は、地獄で出来ている。

或いは、もう半分ですら、俺には苦痛でしかないのかも知れない。

そんな事を云ったら笑われるだろうか。
まるで安っぽい終末論者か。或いは悲観主義者か。
どうあれ馬鹿にされるのがオチなのだろう。

だから俺は、誰にもそんな事を言ったことがない。
云ったところで、大抵の奴は理解してくれまい。

だから俺は、『普通』でなければならなかったのだ。

『普通』を演じなければならないのだ。

死ぬまで『普通』である事をアピールしなければならないのだ。

あぁ、しかし、けれど、なればこそ……

“普通でない人間”がいつまでも“普通の人間”を演じられるわけがないのだ。
いつかかならず、ボロが出る。いつか絶対、無理が出る。

例えどれほど自分を騙そうとも、例えどれだけ他人を騙そうとも、あぁ、真実本当のところはつねにそこにあり続けるのだ。
心に嘘はつけないのなら──酒を飲んでも酔えないならば……吐き出すしかない。

ふいに胃が裏返り、空になっているはずの胃から“何か”がせり上がってくる感覚を覚えた。
反射的に背中を丸め口を押さえる。
しかし何も出てくるわけがなく、ただ喉が苦痛に震える音だけが唾液と共に吐き出されるだけだった。

その代わりに、ただ涙だけが溢れてきた。

悲しいわけではない。ただの生理的な反応に過ぎない。

鼻と繋がった涙腺に、上ってきた胃液が反応を促しているに過ぎない。

だがそれすらも、俺からすれば煩わしい事であるのだ。

お腹がすいたら飯を食い、
眠くなったら横になり、
便意を感じたら糞をする。

それらのあらゆる全て、この肉体という肉の塊が持つ、神経細胞が引き起こす化学反応が、欲望という名の生理学的反応が、とてもとてもおぞましいのだ。

俺は人間的な生き方のほぼ総てを否定しているのだろうか?
なればそれはそれで構わない。

“人間的な生など、殆ど全てが糞のようなものだ”

摂食行動などただのエネルギー補給に過ぎない。
それを飾り付ける意味が解らない。
美味しいものを食べたところで何の意味もないではないか。

睡眠など時間の無駄だ。
そんなものを必要とするこの肉体が疎ましい。

……あぁ、解っている。
こんな事を云ったって誰にも相手にされないだろう。
だったら死ねよ、という奴は云うだろう。

だが俺はまだ死にたくはないのだ。
どれほど不愉快に思おうとも、俺はこの肉体と付き合わなければ生きていけないのだ。

“俺”という存在を生み出すこの『脳』を生かす為に、これら不愉快なものと一緒に生きなければならない。

不愉快だと、口に出す事は悪い事か?
不愉快ならば死ねばいいと、消えれば云いと、そんなのは極論だ。

鈍感な奴は幸せだろうと思う。

それとも。

鈍感な方が幸せである事を神経細胞が知っているならば。

奴らはまさに、神経細胞の奴隷でしかない。
それは動物じゃないか、と俺は思う。

神経細胞が望むままに生きるという事は。
本当にそれは人間の生なのだろうか。

でなければ。

こんな風に考える俺の神経細胞のほうが、異常なのか。
細胞が持つ欲望を押さえ込むのは、生物としては間違っているのだろうが。

そんな得体の知れない、由来の知れない欲求などでこの精神を蝕みたくはないなどと。

……ッ

──思考がまとまらない。

頭を振りなんとか立ち上がる。
どれだけ嫌悪しようとも、俺はまだ人間としての欲求にある程度従わなければ生きていけない。
汚れを落とし空腹を充たし睡眠をとりたいと、これでも体は云い続けるのだ。

不愉快なほどに。

不愉快なまでに。

……胃の中が痛い。
歩く足取りもままならなず、フラフラと夜の道を進む。

内臓が握りつぶされるような感覚。
平衡感覚が狂ったような視界の中をのろのろと動いて行く。

す……と。

ふと、こんな夜遅く。
途中で女性とすれ違った。

香水だろうか、特異な刺激臭が鼻を突く。

綺麗な女性だったろう。客観的に見てそれは疑いないと思う。
しかしそれでも。

俺は思わず口を押さえ、吐きこんでいた。

あぁ、全く。

全く。どうして。


どうしてこんなにも“オンナというものは気持ちが悪い”のだろうか。


その乳房も陰唇も。見るに耐え難くグロテスクな器官なれば。

あぁ、その口も、肛門も、何をくわえ込み何を垂れ流すのか。

女が喘ぐ姿を見ただけでも怖気が走る。
男の陰茎を差し込まれた姿など醜悪そのものだ。

まるでエイリアンの交尾ではないか。

小さなエイリアンが地球外の物体Xと絡み合う……吐き気を催すような情景だ。

ゲラゲラと笑うような幻聴が聞こえる。
馬鹿にしたような男と女の顔がチカチカと目に映る。

訳のわからない声をあげ、訳のわからない奇矯に走る男女のマグワイが……。

どん、とガラスに体がぶつかった。
ズルズルと崩れ落ちそうになる体をなんとか支える。

そうだ。

自分は“性”そのものを忌避している。
あれほど気色の悪い部位も、行為も、人間の生のうちにもそうは無いだろう。

本当に。

意味が解らないのだ。

ペニスと、ヴァギナの、ある意味が。

それらを交えるという意味が。

性欲というものが。

訳のわからないAVが。

過激にして奇妙な性行為の数々が。

何故そんなにも人々に必要とされるのか。

それがあるという事が“普通”とされるのが。

あんなにも。

あんなにも、気持ちが悪くて、気持ちが悪くて、しょうがないものだというのに!

──細胞の奴隷は幸せだ。

海綿体の膨張に一喜一憂し、前立腺への刺激で快感を得る。

それは、“ただそれだけ事”にすぎないけれど。

過ぎないはずなのに──

「ぐ……」

胃がせり上がってくる。
内臓そのものすら吐き出せたならどんなにか楽になれるだろうか。

嫌なら見なきゃいいと人は言うだろうか。
陰茎を切り落としてしまえと云われるだろうか。

それができれば、苦労はしない。

普通でなければまともに生きていけないこの世界で。
そんな普通でないことを選択など出来はしない。

そんな決断を出来るほどには、俺は強くないのだから。

だから。

辛くなったら吐く位のことしか、俺には出来ない。

今も昔も。これからも。死ぬまで。永遠に。

「気持ち悪い……」

胃液をぬぐいながら、俺はきりがないほど呟き続けたその言葉を繰り返す。

──気持ち悪い

呪詛のように。

──気持ち悪い

延々と。


──本当に、気持ち悪いんだ。

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― 燈宮 仮月 ―
Hinomiya Kaduki

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