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「人間が最後に手にする記号。究極にして至高の記号。唯一つ残された人類が希望。……もしそんなものがあるとしたら、それは一体我々に何を魅せてくれるんだと思う?」
「…………なんの話ですか、それ」
「簡単な話だ。この人類が最後に手にするもの。この文化が最後に生み出すもの。この認識が最後に目にするもの。それは全でりながら唯一。“最後の認識”」
「意味が解りませんが」
「なぁ、この人間が認識する世界ってモノはすべて記号なんだよ。総ては概念の発露であり、連結であり、総合なのだ。あらゆるものは記号によって構成された記号。実在そのものを認識している人間はいない。……いや、違うな。実在そのものだけでは人間はそれを認識できないんだ」
「説明する気無いでしょ」
「全ては“記号化”による認識だ。認識そのものが記号化であるといってもいい。鈍い光沢を持つものが金属であると人間が思うのはそれが記号だからだ。実際の金属と、“絵に描かれた鉄”を同じ『材質』であると人間が認識できるのは、人間がそれら金属を示す特徴を“記号化して認識している”からだ。絵に描かれた鉄は実際の金属では全く無いのに!」
「あーなるほど。確かにそれはそうなのかも知れませんが……」
「同様に、全ての認識は記号の連結と総合によって発現されるものだ。……さて、人類の言語的進化、文化の総合的純化、それら全てはこの“記号化の歴史”である。人間は学習と発見をこの記号化と共に歩んできた」
「はぁ……それは具体的にどういう?」
「人間の言語において、未だに心臓を現す単語が“心”を示すように。呼吸をさす言葉が“命”を意味するように。全ては現存する記号に更に別の解釈を当てはめ、別の意味を与え新しい記号を創出する事だ。人間の言語がそう進化してきたように、人間の“意識”もそれをなぞる様に進歩した。意識が作り出してきたこの文化も同様に、だ」
「うーん、言語の進化が意識の進化だ、という話には取り合えず納得できるとしても、意識と文化が同列にして進歩してきた、というのはちょっと言い過ぎじゃないですか?」
「多少暴論になるが、言語……記号と文化はイコールだ。文化は全て、新しい記号の創造主であり守り手である。新しい記号的芸術を作り出し、その記号的技術を継承していく事を我々は“文化”と呼んでいる。人類が持つ今現在一切の全てが“記号化された観念”だ」
「うん……はぁ、まぁ、なんとなく、理解しましたけれど」
「そして科学ですら、結局は『記号化』の担い手でしかない。それらは記号化と呼ぶにはあまりにも複雑な体系だが、科学の進歩が“新しい言葉と概念の創造”であるならば、それらもまた既存の記号を組み合わせて生み出された概念、記号であるのさ。量子テレポーテーション、カルケード、セントラルドグマ、、クオリア、etc...」
「科学ですら記号化……ですか? それはなんとも──理解しかねますが」
「新しい言葉や意味を生み出さずに進化する概念など無い。なにより記号化そのものが人間の認識を推し進めるものであるならば、記号化されずに発展する分野も無く、それによって生まれる技術などもまた無い」
「うそ臭いですけどね」
「さて、今現在此処に至っても人間は“世界の記号化”を止める気配を見せない。記号は量産され、新しい認識を我々にもたらしている。その流れは留まる事を知らない」
「しかし一口に記号化といっても……例えばなんですか?」
「此処に一つのいわゆる“萌え絵”がある」
「二次元女子ですね。……可愛いじゃないですか」
「お褒めに預かり光栄の極みだよ」
「って自分で描いたんですかこれ!?」
「例えばこのキャラが萌えの粋を結集して生み出された“記号”であると仮定しよう。これは萌え記号を幾つも組み合わせる事で創られたキャラだが、同時にこれそのものが一つの『記号』“にもなる”」
「キャラそのものが一つの記号……? ですか?」
「そう。このキャラそのものが記号。……解らないか? じゃあもっと解りやすくしよう。このキャラの名前を仮に『ふみタン』としよう。そうした場合、このキャラを知っている人間が『ふみタン』という文字を見たらどう思うと思う?」
「それはまぁ……そのキャラを思い浮かべるとか──」
「その通り。つまり『ふみタン』は“この絵”という認識を与える“記号”な訳だ」
「あぁ、なるほど……記号の集合が更に一つの記号として機能する、と……」
「そう。まぁ残念だが、全ての記号がまた人間個人による学習によって認識へと昇華されるこの世代においては、何も知らない人間が『ふみタン』という文字を見てもなにも思い浮かべる事が出来ないのはしょうがないんだけどな」
「はぁ……まぁこんな認識は持たない方が云いといえばいいと思いますが……」
「萌えを舐めるな。じゃなかった。つまりまぁそういう事だ。同様に新しい記号の創出も記号の新しい連結方法であり、結合の組み合わせなのだ。……さて、じゃあ此処で一つの疑問が思い浮かぶ」
「何も思い浮かびませんが」
「想像力が足りて無いね。あんたさ、この調子でいくならば“文化が最後に生み出す記号”ってなんだろう、とか思わないのか? まぁそれは別にいい。俺が最初から云いたいのは、この“最後の記号”“最後の認識”のことなんだよ」
「あぁ、そういう意味だったんですか……気が付きませんよ、そんな事」
「さて、文化が記号の連結を繰り返す事で新しい概念、意味=記号を作り出すならば、最後の最後に生まれえる“記号”があると思われるのは当然だ。じゃあそれは一体なんだ? その記号は、一体我々に“何をもたらしてくれるんだ”?」
「…………さぁ。解りません」
「結論から言ってしまおう。────最後の記号はね……“認識の消滅”を意味するんだよ」
「認識の、消滅?」
「そう。あらゆる記号を結合させ、最後に生み出される記号。“ソレ”はあらゆる認識の事であり、あらゆる意味を持ち、あらゆる感情を想起させる。あらゆる言葉を超越し、あらゆる存在の境界を消し去る言葉だ」
「……なんです、か、それ」
「最後に生み出されるものは究極だ。それ以上が無いという意味で。ならば、それは完全言語、完全記号、完全芸術。それを認識するだけで人間はもうそれ以上、“何も得る必要は無くなる”」
「なんて話ですか……」
「何も得る必要が無くなった認識は消滅する。満たされるのだ、全てに。あらゆる感情を手に入れ、全ての概念を手に入れ、全てを手に入れる。完全なる合一。その瞬間、世界は自己と同一化し、神となり、消滅する。この悲しみで満ち満ちた認識が至るニルヴァーナ。それこそが“人類の救済”」
「そんなもの……あるはずが……」
「今はまだ、ない。今はまだ無いが、いずれ生み出される。この文化が、人類が、認識が究極へと至ったとき、その言葉は生み出される。その音は“オーン”(世界原音」
「オー……ン?」
「或いは究極の神の名。“テトラグラマトン”(神聖四文字
無限にして全ての基本。“ト・アペイロン”(無限定基体」
「…………」
「それは神の名。原始の音。全なる認識。それを知ったとき、人類は救済される」
「あぁ、オカルトの話だったんですね」
「違うな。これはSF(サイエンス・フィクション)だよ。……ま、高度に発達した科学が魔法と区別がつかないならば、SFもファンタジーも、最後にいたる点は同じだがな」
「でも、そんなものはありえないでしょ。今もこれからも」
「確かに。その道のりは遠く険しい。だが無理であるとも思わない。この意識が、認識が、全てを包括する日が来ないというならば、そんな人類など滅んでしまえよ。“究極の記号”を産み出す事すら出来ない意識体ならば存在する意味などあるまいよ」
「そんなものはあなたの感傷に過ぎない」
「だからどうした? そんな事はどうでもいい事だ。私の世界は私によって完結する。私を満足させられない世界などゴミと一緒だ」
「物凄い言い草ですね」
「こんな話はどうでもいいな。……話を戻すぞ。完全なる記号による完全なる認識。それが人類に与えられる、自分自身が到達する唯一の希望。
────しかし、しかしだ。その究極の“記号”を認識できる人間はそこに至っても少人数だろう。彼らは『その記号』を“認識するために必要な全ての概念・記号”を知っている必要がある」
「……?」
「つまりさ、“究極完全なる記号を認識するため”にも、“究極まで進化した意識が必要”なんだって話」
「あ、ああぁ、なるほど…………、ん、じゃあそれって……かなり不可能じゃないですか?」
「あぁ、ほぼ不可能だろな……だがそれを人類には乗り越えて欲しい。そこに至る認識を持って欲しいと私は切に念じる。それがこの人類の生きた意味だと。この不完全な認識と記号が、最後には全てを超越してみせるのだと」
「しかしそれは……あなたの希望でしょう」
「違う。それが人類の最後の希望なんだ」
「消滅するまでに究極を得たいというならば」
「消滅するまでこの記号化を極めよう」
「The Last Hope. それは最後の希望であり」
「The Last Hope. それが最後の記号である」

